『専門知を再考する Rethinking Expertise』2020年度科学技術史特論

前期大学院講義の「科学技術史特論」の今年度テキストはコリンズとエヴァンズによる”Rethinking Expertise”としました。ちょうど翻訳がでており、どちらでも読むことができる。読み比べができる、ということもあり選出しました。

  • 『専門知を再考する』Hコリンズ・Rエヴァンズ(名大出版会2020)
  • “Rethinking Expertise” H. Collins & R. Evans (Univ. Chicago press 207)

受講者9名に加えてラボM2のKさんも参加して10名での実施です。事前にレジメを共有してメーリングリストで質問などをしておき、ZOOMでの発表・ディスカッションはなるべくコンパクトにする、という方式にしてみました。発表は20-30分程度、その後にディスカッションですが(※結局90分やってる・・・)、発表者のほかにディスカッサントを毎回1名指定して、発表中も合いの手いれたり適宜質問したりと、ZOOM授業にありがちな反応の見えなさをなるべく解消する形式に。

1)  5/13 ガイダンス 
2)  5/20 担当確定/補論:科学論の幾つかの波
3)  5/27 序章:なぜ専門知か
4)  6/ 3 1章 (p.16-33) :専門知の周期表(1)遍在専門知 と特定分野の専門知
5)  6/10 1章(p.33-52) 
6)  6/17 2章 (p.53-70):専門知の周期表(2)メタ専門知とメタ基準
7)  6/24 2章(p.70-89)
8)  7/ 1 3章:対話型専門知と身体性
9)  7/ 8 4章:言行一致
10) 7/15 5章:新しい境界設定基準
11) 7/22 終章
12) 7/29 関連論文

本書内にでてくる諸概念や背景知識は多岐に渡ります。そこをすっとばして読んでしまうことがあるので、今年は200字程度のキーワード解説をかならずレジメにいれてもらい、それをウェブサイト(ココ)に掲載する、ということにしました。幾許かの緊張感と幾許かの貢献のために。

以下、講義参加者がまとめたキーワード集です。『専門知を再考する』を読むための補足としてのキーワードなので、本書に記述されていない内容も含みます。また、STSを専門としない学生がゼミを通して理解しながらまとめています。適宜加筆修正をしていきますのでご了承ください。

キーワード

序論: なぜ専門知か 

正統性の問題 the problem of legitimacy: 科学技術のいくつかの分野において不信が広がる中で、科学技術の正統性を確保し、社会的に必要な新技術の導入を継続するにはどうすればよいかという問題。科学論の「第二の波」で論じられたような、課題事案についての科学的合意が確立されるのに先立って、合理的で正しいものとして広く受け入れられる決定を下すためには、公衆による政治的(民主的)な正統性が重要、とする捉え方に対して、コリンズらの「第三の波」の主張においては、一般公衆の間だけではなく、科学者・技術者の間でも合理的かつ正しいものと見なされなければならないという点を強調する。(2020.6.26/7.1修正.SH)

拡大の問題 the problem of extension: 正統性の問題の解決策として公衆の関与の拡大が求められる中で、どのように科学技術の絡む意思決定に制限を課せば、専門家の知識と素人(公衆)の知識の境界を消さずにすむのか、つまり、技術の絡む事案において科学と技術がもつ特別な役割が認められ、その役割が決定についての正統性の確保において寄与できるか、専門知と公衆の知識の関係性はどうすれば適正化できるのかという問題。(2020.6.26/7.1修正.SH)

論理実証主義 logical positivism: 科学を基礎づけるための哲学思想。自然科学の理論(特に物理理論)を、論理体系にように、少数の公理から演繹的に導き出される定理の集合として基礎づけようとした(森田2010, p.259)。また、科学的概念はすべて経験的観察(感覚的経験)が基礎になっていて、この基礎まで論理的に分析してゆけば、科学的言明は経験的方法によってテストできる(意味の検証可能性の原理)を主張した(都城1998, P.130)。 ここでは、コリンズ、エバンズのいう第一の波、すなわち「科学の成功を説明するものでありその成功の条件を維持する方策を考え出すという問題」に対する典型的な回答としてとらえられる哲学思想と位置付けられる。(2020.5.27.SH)

『科学革命の構造』 ”The Structure of Scientific Revolutions”:  物理学出身の科学史家、トーマス・クーンは1962年に『科学革命の構造』を著し、科学者は通常、その時代に一般的に支持されている考え方(パラダイム)に従ってパズル解きとしての研究活動を行うが(通常科学)、何らかの要因でパラダイムが変化すれば(科学革命)、科学者の考え方や評価の規準、すなわちパズル解きのルールも変わってしまう、すなわち、自然科学も研究者集団の社会的認識の影響を受けるとする、科学理論の変遷についての学説を発表した。 この学説は、その後、科学研究が社会の影響を受けて変遷することを前提として科学を外部から研究する科学社会学やさらには科学の内容も社会的に構築されているとする立場(科学の社会的構築論)の興隆(コリンズ・エバンスの第二の波)の発端となった。(2020.5.27.SH)

ポストモダニズム postmodernism : 「啓蒙主義の合理主義的伝統を多少なりともあからさまに拒否すること、経験に照らし合わせての検証とは結びつかない論考、そして認識的相対主義や文化的相対主義を標榜して科学を数ある「物語」、「神話」、社会的構築物の一つとしか見ない姿勢などで特徴づけられる知的潮流のこと」(ソーカル、ブリクモン,2000)とされる思潮のこと。文芸ないし現代思想家としては、ジャック・ラカン、ジュリア・クリステヴァ、ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリなどの言説がポストモダン思想として、ソーカル・ブリクモンの『知の欺瞞』では遡上にのっている。(2020.5.27.SH)

暗黙知 tacit knowledge : マイケル・ポランニーの『暗黙知の次元』で提示した概念で、我々が知ってはいるが、言語で明示的に表現できない知識のこと。よく出される例は「自転車の乗り方」で、自転車に乗れる人は、自転車の乗り方を知っているが、その知は、言語で表現できず、マニュアルのようなものでも完全に人に伝えることはできないというものである。 ただし、ポランニーの暗黙知が、個人が所有し個人から個人へ伝達されるものであるのに対して、本書が専門知に関連づけて論ずる暗黙知は、コミュニティーに付随し、暗黙知の獲得はコミュニティーの中に社会化されることによるとする点で、ポランニーの概念そのままではない(コリンズ、2017, 訳者あとがきP.206-207)。(2020.5.27.SH)

理論負荷的(理論負荷性) theory-ladenness: われわれが現象のうちに何を「見る」かは、われわれがあらかじめ持っている知識や知識の枠組みに依存すると主張し、この主張を一般化して、哲学者のノーウッド・ラッセル・ハンソンが1958年出版の『科学的発見のパターン』で名付けた概念(内田1995, P.125)。(2020.5.27.SH)

マンハッタン計画 Manhattan Project: 1942年米国でルーズベルト大統領の決定により、原爆生産を目的として開始した計画である。オークリッジでの高濃縮ウランの分離、ハンフォードでのプルトニウムの生産、ロスアラモスでの原爆の組立等を含み、1945年の広島、長崎での原爆投下につながった。周到な計画立案、機密管理、資金と人員の大量投入、計画の成功と大科学プロジェクトの遂行の手本として知られる。また、その実質的な推進責任者として指名されたのがレスリー・グローブズ准将であり、原爆の研究開発と製造を集中的に行う研究所の所長となったのが、原爆の理論研究を行っていたオッペンハイマーであった(原子力百科事典)。(2020.5.27.SH)

スタンドポイント・アプローチ standpoint approaches,standpoint theory: 1970年代にうまれ、80年代のフェミニズム研究で注目を集めた考え方で、フェミニズム研究においては、女性の視点からの社会分析によって、男性の視点からのものよりも、その社会を構築している権力関係やイデオロギーをより明らかにすることができるという考えに基づいて発展してきた方法論(児玉 2013)。(2020.5.27.SH)

『遺伝子組換え食品の政治学』 ”The politics of GM food Risk, science & public trust”: 英国で研究開発政策の中心的役割を担うビジネス・イノベーション・技能省(Department for Business, Innovation, and Skills(BIS))のもとにおかれた英国の資金配分機関であるリサーチカウンシル(Research Councils)のひとつ、経済・社会リサーチカウンシル(Economic and Social Research Council (ESRC))が作成した、遺伝子組み換え食品の規制に関連する主要な政治的および科学的問題の分析や、GM問題と同様の「リスク」問題に対する政治的解決策の提案(予防原則や市民参加を強調)を行った報告書(未来工学研究所2014)。(2020.5.27.SH)

フルトン報告 Fulton report: 英国で、1966年に政権党労働党のウィルソン首相が公務員制度改革を推進させるために、フルトン卿を委員長とし12名の委員で構成される「公務員制度に関する委員会(フルトン委員会)」を設置し、1968年に報告書(The Civil Service. Vol. 1. Report of the Committee 1966-68:Chairman: Lord Fulton)を公表した。報告書を通じた重要なテーマの一つが、ジェネラリストとスペシャリストの従来の関係の見直し、つまり、従来のジェネラリストは経済的・財政的職務や社会的職務などの領域に応じて専門化すべきで、一方、スペシャリストはより責任の重いポストにつくとともにその管理能力を向上させるべきということであった(藤田2008)。(2020.5.27.SH)

 

第1章:専門知の周期表(1)遍在専門知 と特定分野の専門知 The Periodic Table of Expertises 1: Ubiquitous and Specialist Expertises

遍在専門知 Ubiquitous Expertises: ある社会に所属する構成員が、その社会の中で生きていくために持っている必要のある知識。例えば、その社会で使用されている言語を話すための知識のようなもののことである。また、我々が何らかの専門知を得るときに必要な要素である。(2020.6.10.KM)

ビアマット知識 beer mat knowledge: 特定分野の専門知を得るうえで最も下位レベルの知識。ビアマットに書かれる程度の断片的・辞書的な知識であり、その知識を使ってできるのはせいぜい雑学クイズに答えることくらいで、実際にその知識を使って何かを判断するようなことは困難である。(2020.6.10.KM)

通俗的理解 stereotype understanding: マスメディアや一般向けの本などの情報から得られる知識。ビアマット知識より一段上のレベルとなる。この知識を用いて簡易な推論を行うことも可能で、人から人へ意味を持った内容として伝えることも可能になる。しかし、通俗的理解を使って、論議が行われている段階の科学の議題において何らかの意思決定をすることは、正しい判断が行えない可能性もあり注意が必要。(2020.6.10.KM)

一次資料知識 knowledge of primary source: 一次文献を読むことで得られる知識。通俗的理解より一段上のレベル。文献の内容によってはより専門的な知識を得られたような錯覚に陥りがちだが、この段階では選んだ文献が適切だったか判断することができていないことが多く、知識としては不十分である可能性が高いことに注意する必要がある。(2020.6.10.KM)

貢献型専門知 specialized knowledge for contribution: 獲得することでその専門知が関係する領域において何らかの貢献をすることができるようになるもの。専門知を得る段階において最も上位のレベルにあり、この知識を獲得した人はその専門分野の内部で何か事を為す能力を持つ。(2020.6.10.KM)

文化化 encluturation: 社会化と対比する概念。ある特定の社会の中で個人が社会の構成員として、その社会における文化を学び実践すること。文化人類学者C.K.M.クラックホーンによって提案された。また、一個人が所属している社会以外の文化を身につけることや、一つの社会全体が他の社会の文化を受容することを文化変容(acculturation)とよぶ(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より)。(2020.6.3.KM)

物真似単形性 mimeomorphic: 自転車のバランスをとることのような、どんなに複雑で困難なものだとしてもある一定の動作を真似ることで再現可能となるような行為。社会的な理解がなくても習得することができる。この技能の習得には人間よりも機械のほうが優れている。(2020.6.3.KM)

社会多形性 polimorphic: 自転車の運転における交通往来の擦り合わせをすることのような、社会的理解に依存した行為。社会的状況の変化に対応した振る舞いが必要となる。この技能の習得には機械よりも人間のほうが社会生活に柔軟に対応することができるため優れている。(2020.6.3.KM)

多分野並走型 multidisciplinary: 複数の学問体系の共同作業により、新たな知を共有する。多分野並走型は「集学的」といわれるように、専門領域が中心になる考え方になる。各専門家の意見は聞かれるが、お互いに踏み込むことはない。(2020.6.10.HX)

分野間乗入型 interdisciplinary: 複数の学問体系が共同で研究を行う。同じ目標を目指して2つ以上の分野が相互に協力した学術活動。(2020.6.10.HX)

対話型専門知 interactional expertise: 専門分野の、実践についての専門知を欠いた、言語についての専門知である。ある分野の専門知を持っていない人が、例えば仕事のおかげで専門学者とのコミュニケーションから得る知識を対話型専門知と言われる。対話型専門知は、生活形式に全面にわたって馴染むことがなくても、特定の専門領域の言語を習得して完全に流暢に操れるようになるのは可能である。(2020.6.11.HX)

対話能力 interaction skill: 潜在的な対話型専門知を現実化するには対話能力を持つことが必要になる。対話能力は対話型専門知と違って、寄生ではない、すなわち、世代を超えて受け継ぐことができる。対話能力はある特定分野の専門知ではなく、対人技能として広範に適用される。(2020.6.11.HX)

熟慮能力 Contemplation skill: 熟慮能力、或いは反省能力は、少し理解の枠を広げる素質である。対話能力のように独立存在するものである。また、熟慮能力は科学の社会分析学者や芸術批判家などの持つ貢献型専門知の一部をなす。(2020.6.11.HX)

 

第2章:専門知の周期表(2)メタ専門知とメタ基準 The Periodic Table of Expertises 2: Meta-expertises and Meta-criteria

メタ専門知: 他の諸々の専門知について鑑定するために用いられる専門知のこと。専門知を備えた専門家について判断するような判定者の才覚。(2020.6.17.MS)

外在的メタ専門知: 専門知自体の獲得を拠り所にはしないメタ専門知のこと。人物ないしその会話のより一般的な特徴の鑑定を通じた技能の鑑定に拠って立っており、分野固有の理解を拠り所にしていない。(2020.6.17.MS)

内在的メタ専門知: 鑑定される専門知の実質について心得ておく必要のある専門知のこと。当該分野の内部での一定レベルのテクニカルな専門知を拠り所としている。(2020.6.17.MS)

遍在的識別力: 遍在メタ専門知のこと。外在的メタ専門知の中に位置づけられる。遍在専門知を鑑定するために用いられる専門知のこと。(2020.6.17.MS)

局所的識別力: 局所的メタ専門知のこと。外在的メタ専門知の中に位置づけられる。(2020.6.17.MS)

素人専門知 lay expertise: ブライアン・ウィンによる概念。英国カンブリア地方でおきた放射性降下物汚染に対する科学者と牧羊家の関与が事例。牧羊家はその丘陵地帯での羊の生態に関する高い専門性を持っていたが、科学者はそれを受け入れなかった。コリンズらは、ウィンが牧羊家は特定学術分野の専門知を持っていると主張した(かのように受け取られる主張をした)ことで専門知に関する議論を混乱させたと批判している。コリンズらは牧羊家は牧羊の専門家でありその分野の貢献型専門知をもつと整理し、さらに局所的識別力という外在的メタ専門知も持ち、科学者らの言動を評価していたとしている。【関連:民衆の知恵説,局所的識別力】(2020.7.1KS)

専門的目利き: 実践によって磨かれる判断力が他の専門知に適用されること。自身はワイン製造者ではないワインマニアの専門知など。(2020.6.17.MS)

下向き/水平/上向きの識別力: (図2020.7.1KS)

ピアレビュー peer review: ピアレビューは、科学論文や助成金申請などを審査する方法として優れていると言われるが、その優位性は、ある専門知の最良の鑑定者はその専門知を共有する人たちだという考えに基づいている。つまり、研究者仲間や同分野の専門家による評価や検証のことである。(2020.6.24/6.30.WX)

投射型専門知 referred expertise: ある領域から取り出され、間接的に別の領域へと適用される専門知である。(2020.6.24.WX)

資格 credentials (as meta-criteria): 専門知識を外在的に測定するための標準的な方法は、過去の習熟度の達成を証明する証明書などの資格情報を参照することです。(2020.6.24.WX)

実績 track record (as meta-criterion): 過去に実際に挙げた成績・業績のことである。資格よりも優れた基準です。(2020.6.24.WX)

経験 experience (as meta-criteria): 実際に見たり、聞いたり、行ったりすること。(2020.6.24.WX)

理念型 ideal type: 社会学における方法概念。 マックス・ヴェーバーがその著作のなかで方法的に用いて一般化した。 特定の社会現象の論理的な典型をあらわす概念で、単なる類型概念ではない。 とはいえ理念型を用いての類型的把握は可能である。(2020.6.24.WX)

 

第3章:対話型専門知と身体性 Interactional Expertise and Embodiment

身体性 embodiment: 認知の多くの機能は、世界と身体的に触れ合ったり世界を動き回ったりできるという、身体の特性に深く依存している。そのため、何らかの自然言語を身につけるためには、身体を持っていなければならない。[1](2020.7.1.SJ)

社会的身体性論 social embodiment thesis:  ある社会集団は、身体の形状や慣行を共有し、それに適した方法で物事を実行するため、社会集団が発展させてきた言語も、そのメンバーの形状や慣行に関係しているという主張。サピア=ウォーフの仮説(後述)の内向き版とも言える。(2020.7.1.SJ)

最小限身体性

サピア=ウォーフの仮説 Sapir-Whorf hypothesis: ある言語を母語とする人の認識・思考は、その言語に影響されるという説。[2](2020.7.1.SJ)

最小限身体性論 minimal embodiment thesis: 身体の形状によってある共同体の言語が生み出されるとしても、その生き物が埋め込まれているのがどんな共同体であれ、その言語を身につけるために必要なのは、言語習得に必要となる最小限の身体に関わる要求事項だけだという主張。【関連:個人的身体性論】(2020.7.1.SJ)

大文字の聾 Deafness/ big D deaf: 言語習得前聾者の中でも、先天的に聾であることに伴う「聾意識」を持つ人々。アメリカ手話(ASL)を母語とする。単に耳が聞こえにくい人や失聴した人(つまり英語を第一母語とする人)はdeafness であり、区別される。[3](2020.7.1.SJ)

模倣ゲーム imitation game: アラン・チューリングが「機械は思考できるか?」ということから提案したテストの元になったもの。質問者、男性、女性の3 名でプレイされる。男性と女性は姿を隠し、男性は女性であると偽ろうとする。質問者は質問を繰り返すことによって男性と女性を識別することができるか、男性は質問者を欺き続けることができるかを競う。[4](2020.7.1.SJ)

CYC プロジェクト Cyc: ダグラス・レナートにより1984 年に開始されたプロジェクト。人間の常識を構成する世界中の知識を成分化することで、将来的に人間のような推論をできることを目指している。現在もCycrop 社により開発が続けられている。[5][6](2020.7.1.SJ)

 

第4章:言行一致―色盲、絶対音感、重力波についての実験 Walking the Talk: Experiments on Color Blindness, Perfect Pitch, and Gravitational Waves

参与観察 participant observation: 社会調査法の1 つ。参与観察者は研究対象となる社会に滞在し、その社会の一員として生活しながら観察を行う。本章では、「色覚者の社会に暮らす色盲者」などを指して参与観察者と呼んでいるようである。(2020.7.8.MS)

エスノメソドロジー  ethnomethodlogy: 社会学における研究手法の一つ。ある社会において日常的・常識的に行われる行動や方法を通してその社会を理解しようとするもの 。(2020.7.8/7.15修正.MS)

校閲テスト Editing test: チューリングテストの一種 。コンピュータが苦手とする文章校閲のテストを行うことで人間とコンピュータを区別しようとするもの 。(2020.7.8.MS)

中国語の部屋 Chinese room: 哲学者ジョン・サールによる思考実験。中国語を理解しない人を小部屋に閉じ込め、中国語で「質問」が書かれた 書かれた紙を小部屋内に入れる。小部屋内には1冊のマニュアルが置かれており、紙に書かれた謎の文字列に対し別の文字列(実は、中国語)を記入して部屋の外に渡すように書かれている。彼がマニュアルに従って文字列を記入する ことを繰り返すと、部屋の外の人々からは、部屋の中の人物が中国語を理解しているように見える。この思考実験はコ ンピュータのアナロジーとして扱われる。(2020.7.8/7.15修正.MS)

 

第5章:新しい境界設定基準 New Demarcation Criteria

言語ゲーム  language game: ウィトゲンシュタインは『哲学探究』において,言語だけでなく言語にまつわる全ての行動全体を「言語ゲーム」と呼び,分析した.そこでは,言語の使用が生活形式の一部に位置付けられ,単語の意味はその使われ方にあるとされた.これは,言語を生活形式から切り離し純粋論理として構築することを目指した,自身の著書『論理哲学論考』への批判でもある.(『哲学探究』(2013)や『ウィトゲンシュタインの知88』(1999)を参照.)【関連:ウィトゲンシュタイン,『哲学探究』,『論理哲学論考』】

形成的意図 formative intentions: ある共同体全体で共有されており,その生活形式の一部をなすものとしての意図.通常哲学や法学において論じられる,特定の個人の内的状態を表す意図とは異なるものである.本書では,科学の境界設定基準を考える際に,西洋科学の形成的意図のタイプを取り出すことを試みた.H. Collins のwebページ ”Key Concepts” では,原語がintentionではなくactionとなっている.(H. Collins のwebページ “Key Concepts” を参照.)【関連:生活形式】

系統的懐疑主義 organized skepticism: 無批判に事実を受け入れることをせず,全て客観的な調査や実験で確かめたうえで判断すべきとする考え.マートンは,科学を支える価値観や倫理観を総称し「科学のエートス」と呼び,それを構成するうちの一つとして提唱した.(Social Theory and Social Structure (1968)や『現代思想10 科学論』(1994)を参照.)【関連:マートン,科学のエートス】

本来ある・外来させる intrinsic / extrinsic: 非科学が科学へ及ぼす影響を考える際に,それが実際にあることと,生活形式の中であるべきと意図されていることを区別し,前者を「本来ある」,後者を「外来させる」と表現した.例えば,政治が科学に影響をおよぼすことはあるが,西洋科学の生活形式においてそれがあるべきではないと考えられていることを指し,科学が政治に影響されることは本来あるが外来させるべきではない,と表現した.(H. Collins, and R. Evans, 2002やH. Collins のwebページ “Key Concepts” を参照.)

正統な解釈の中心位置 locus of legitimate interpretation: 製作者を左端,消費者となる公衆を右端に置いた数直線を考えた時に,作品の価値の判断がどの位置を中心になされるべきかを表す指標(図1).実際に価値判断がなされている位置というよりも,むしろその生活形式で価値判断がなされるべきとされている位置を指す意味を込めて,「正統な」という形容詞が付いている.例えば芸術作品は批評家や一般大衆により評価されるので,芸術の正統な解釈の中心位置は右側に位置する,ということになる.(H. Collins のwebページ “Key Concepts” を参照.)【関連:形成的意図】

疑似科学 pseudo-science: 非科学であるにもかかわらず,科学的だと認めさせようとするものの総称.科学と疑似科学の境界設定問題は,今もなお科学哲学で議論が続いている.(The Stanford Encyclopedia of Philosophyの”Science and Pseudo-Science”(2017)を参照.)【関連:科学の境界設定問題,論理実証主義,反証主義】

家族的類似 family resemblance:『哲学探求』の中でウィトゲンシュタインによって提示された概念であり,「ゲーム」という言葉を例に説明されている.「ゲーム」には多様な活動が含まれるが,彼は,それら全てに共通する本質となるものがあるのではなく,個々に異なる様々な類似性を持っているのみだと考え,そのような様々な種類と程度の類似性で結びつけられまとめられているという考えを,「家族的類似」と呼んだ.(『哲学探究』(2013)や『ウィトゲンシュタインの知88』(1999)を参照.)【関連:ウィトゲンシュタイン,『哲学探究』,言語ゲーム】

 

終章:科学、市民、そして社会科学の役割 Science, the Citizen, and the Role of Social Science

掲載予定

 

補論:科学論の幾つかの波 Waves of Science Studies

第1の波 wave one of science studies: 1960年代までの科学論のパラダイム。科学・専門知の実在性や社会との独立性、他の知識体系に対する優越などに基づいている。(2020.5.20.KS)

第2の波 wave two of science studies : 1960年代から2000年代の科学論のパラダイム。トーマス・クーンによる『科学革命の構造』(1962)などに代表される。科学社会学、科学知識の社会学、科学技術社会論などの分野をうんだ。科学の社会構築性や不確実性を前提としている。それらを一部の前提として科学技術コミュニケーションもうまれたと考えることもできるだろう。【関連:社会構築主義,ポストモダニズム】(2020.5.20/6.7.KS)

第3の波 third wave of science studies: 2000年代以降のパラダイム。第2の波は科学への市民参加の基盤ともなったが、一方で専門知の地位を相対化してしまい、専門知とは何かが不明瞭になった。これを明らかにし、科学と社会の関係・市民参加を適切に構築しようというのがコリンズ・エヴァンズらの狙いでもある。ただし第2の波を否定しているのではなく、それを前提とした議論であることに注意。(2020.5.20/6.7KS)

社会構築主義 social constructionism: 「事実」は人間とは別に客観的真理として存在するのでも、個人によって認識されるものでもなく、社会関係の中で作り上げられる、という考え方。PLバーガーとTルックマンによる『現実の社会的構成 The social construction of reality』(1966)が代表的。科学論における第2の波の中核的考え方で、Bラトゥールなどが代表的論客。実証主義者、合理主義者、科学者からは批判も受けた。【関連:サイエンスウォーズ,ソーカル事件,解釈主義,ポストモダニズム】(2020.5.20.KS)

知識の関係説 Relational theory of knowledge: 知識を実在するものとしてではなく、権力の相互作用や同盟関係の構築といった社会関係の結果として構成されるとする捉え方。これに基づけば、上向き・水平・下向き識別力いずれも正統性があることになるが下向きしかない、とコリンズらは批判している。【関連:社会構築主義,アクターネットワーク理論】(2020.5.20/7.1修正.KS)

アクターネットワーク理論 Actor Network Theory: Bラトゥールによる。主体として人間以外のモノや情報なども等価に扱い、それらの関係性のなかで科学が構築されていくという考え方。構築された科学ではなく、構築されつつある科学を対象として捉える。『科学が作られている時Science in action』(1987=1999)や『社会的なものを組み直すReassembling the Social』(2007=2019)を参照。コリンズらはANTは専門知について全く扱っていないとして批判している。【関連:ラボラトリースタディーズ,システム理論】(2020.5.20/6.7KS)

民衆の知恵説 ”folk wisdom” view: 学術的な専門知をもっていない一般市民でも、それぞれの立場・状況で専門性を獲得・保持・行使できるし、行使することに正当性があるとする考え。下流(結果側・市民側)から上流(生産側・専門家側)への強い関与を肯定する。また、この考えに基づけば、ある領域の専門家は周辺分野についても言及できる/してもよいということにもなる。一方で、このような考えは全ての専門知を相対化することにもなり、コリンズらはこれらのブライアン・ウィンによる説を「民衆の知恵説」と名づけて批判している。ただしコリンズらは遍在専門知やメタ専門知のうちの変成型専門知については非専門家も持っているとしている。【関連:素人専門知,上向きの識別力,ブライアン・ウィン】(2020.5.20/27/6.7/7.1修正.KS)

ポストノーマルサイエンス post-normal science: 科学的な不確実性も関与者の利害関係の複雑性も極めて高い領域の科学のこと。具体的には遺伝子組み換えやBSEなどが該当する。研究室や専門家同士の議論だけで科学的・社会的合意形成ができるノーマルサイエンスに対する概念。PNSは社会的な知と統合しつつどう科学の質保証をするか、という議論が根幹にある。『ラベッツ博士の科学論The no-nonsense guide to science(2006=2010)等参照。科学技術の進展により「第1の波」の背景にあった素朴な科学観はあらゆる分野で後退した。【関連:トランスサイエンス,ゴーレムサイエンス】(2020.5.20.KS)

 

参考文献

森田邦久 2010: 『理系人に役立つ科学哲学』科学同人

都城秋穂 1998: 『科学革命とは何か』岩波書店

トーマス・クーン(中山茂訳)1971: 『科学革命の構造』みすず書房  “The Structure of Scientific Revolutions”1962,1970, Univ of Chicago Pr

アラン・ソーカル, ジャック・ブリクモン(田崎ほか訳)2000: 『知の欺瞞』岩波書店(“Fashionable Nonsense: Postmodern Intellectuals’ Abuse of Science”1998, Picador USA)

内井惣七 1995: 『科学哲学入門』世界思想社

N・R・ハンソン(村上陽一郎訳)1986: 『科学的発見のパターン』(“Patterns of Discovery: An Inquiry into the Conceptual Foundations of Science”,1958, Cambridge University Press)

児玉由佳 編 2013: 『ジェンダー分析における方法論の検討』調査研究報告書、アジア経済研究所

未来工学研究所 2014: 「研究不正に対応する諸外国の体制等に関する調査研究報告書」文部科学省委託調査.2014 年 10 月 ESRC Global Environmental Change Programme:1999、The Politics of GM Food:Risk,Science and Public Trust, Special Briefing No. 5,University of Sussex.

藤田由紀子 2008: 『公務員制度と専門性』専修大学出版局

PLバーガー・Tルックマン 2003: 『現実の社会的構成 知識社会学論考』新曜社(“The social construction of reality” 1966, nchor Books)

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金森修 2000: 『サイエンス・ウォーズ』東京大学出版会

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[2] ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 2020 年6 月30 日閲覧

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