リーディングス ネットワーク論

  • 2012年5月24日
リーディングス ネットワーク論―家族・コミュニティ・社会関係資本 リーディングス ネットワーク論―家族・コミュニティ・社会関係資本
(2006/08)
野沢 慎司

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木ゼミ*輪読会の課題図書。
(*s研ゼミは木曜に開かれるので、かの有名な火ゼミに勝手に対抗して命名)

本書はネットワーク論の有名な論文を7本収めたお得な一冊。
この中から、ネットワーク分析の専門家Sさんのおススメで以下の3本を輪読会で読むことになりました。

“The Strength of Weak Ties” 弱い紐帯の強さ
Mark Granovetter, American Journal of Sociology, 78(6):1360-1380,(1973)

“Social Capital in the Creation of Human Capital” 人的資本の形成における社会関係資本
James Coleman, American Journal of Sociology, 94:S95-S120, (1988)

“Structural Holes versus Network Closure as Social Capital” 社会関係資本をもたらすものは構造的隙間かネットワーク閉鎖性か
Ronald Burt,(N.Lin et al. eds., “Social Capital” pp.31-56), Aldine de Gruyter,(2001)

私は第6章、コールマンによる「人的資本の形成における社会関係資本」を担当しました。
本論文は、社会構造が行為にどう影響するのかを社会関係資本(Social Capital)概念を整理した上で、人的資本の形成において社会関係資本が大きく影響するということを、アメリカの高校を事例として、家族構成等と生徒の中退率から分析しています。

結論から言えば、なかなか面白い論文でした。
やはりその後、一つのパラダイムを作った論文というのは一種独特な勢いと説得力があります(後半の事例分析については面白いと思う反面、こりゃ本当かいな?と思うところもありますが)。

以下概要—–
「社会的行為は何に支配されているか?」という問題に対し、社会学者は「行為者は社会規範、規則、恩義によって社会化され、それらに支配されている。」と答え、経済学者は「行為者は功利性を最大化するように、自己利益的に行動する。」と答える。
しかし、前者は行為者自身にあるはずの内的動機についての言及がなく、後者には、社会組織は個人や組織が機能する際に明らかに重要な影響を与えるという実例があるという欠点がある。
コールマンは両方の理論を統合することで、経済だけではなく、さまざまな個人と社会組織の行為と発達を分析できる概念として「社会関係資本」を再構築。
(先行関連概念としては、「F-結合」(Ben-Porath, 1980)、新制度学派(Williamson, 1975, 1981)、グラノヴェター(Granovetter, 1985)による「埋め込み(embeddedness)」など)

資本には以下3種類がある
・物質的資本 (Physical Capital): 
 材料に変化を加えて生じた生産に役立つ道具。 例)鍬、家畜、車、PC

・人的資本 (Human Capital): 
 知識や技能を身に付け、従来と異なる行為が可能な人。例)なんらかの教育・訓練を受けた人

・社会関係資本 (Social Capital):
 個人間の関係の中に存在し、生産活動を促進する機能をもつ社会的な関係性。行為者の利害関心を実現するために機能する。ある社会関係資本は、ある特定の生産活動に特化したものであり、他の生産活動については機能しない場合もある。
 例)ユダヤ系ダイヤモンド商人の民族的・宗教的な紐帯

コールマンは社会関係資本の動機の側面を以下の3要素に整理。
1. 恩義と期待からなる信頼性 (trustworthiness, trust)
・AがBに何かを行い、将来Bがそれに報いてくれるとAが期待する場合、Bには恩義が生まれる
・AはBに対する信用支払伝票を保持しており、これは財的資本だと見なすことができる。
・社会は互いに支払伝票を保持している状態=信頼
・社会的環境の信頼性は、恩義がいずれ報われるという期待・恩義の程度の2要素に依存
・常時未決済の恩義を内包する社会構造には、人々が利用できる社会関係資本が多い
 例)東南アジアの無尽講・頼母子講 (rotating-credit association)などは、集団間に高度な信頼性がなければ存在しない制度。社会解体された大都市などでは存在できない。

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ここで話題になったのが、北海道の会費制結婚式。
値段を明らかにすることで、貸し借り関係(恩義と期待)をつくらない関係ということでしょうか。
(ちなみに個人的経験では、会費≒食事代+引き出物代。親族からはご祝儀あり)
素朴に考えると、社会関係資本がない社会での仕組みのように思えます。
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2. 情報チャンネル
・行為をもたらす基盤である情報を獲得する手段として社会関係資本が利用される
・情報自体に価値があり、動機として機能する

3. 規範 (norm) と制裁 (sanction)
・社会からの支持、地位、名誉、その他の報酬によって強化される集団のルール
・公共の利益のために人々を働かせるが、規範が内面化されている場合もある
・ある領域に対する効果的な規範が、別の領域の便益をもたらすような逸脱行為も減少させてしまい、集団の革新性を減少させることもある
例)「スポーツが得意な男の子はフットボールをやるべきだ」

社会関係資本の構造の側面
社会ネットワークの閉鎖性 (closure)
コールマンは、社会関係資本の構造的な特徴として、閉鎖性を主張。閉鎖性が存在しない社会構造の場合、社会関係資本が形成されにくいとした。

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例えば、BとCはDやEとは関係をもつが、互いに関係を持っていない場合、BとCがAに対して与える制裁が互いのネットワークによって強化されないので、Aに対する制裁が大きくならず、BC間ネットワークがある場合に比べて、Aの力は弱まらず、有効な規範は形成されにくい。

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なるほど、シンプルで分かりやすい理屈です。
と思いつつも閉鎖性だけで社会関係資本の構造的特徴を説明することはできないのでは、とも思えます。
特に情報チャンネルの観点では閉鎖性が高いと、同じ情報が強化されて集団のバイアスが高まったり、新しい情報が得られにくくなることも考えられ、長期的には社会関係資本(によって維持される集団)は形成されやすくなるとは限らないのでは、などと思ったり。
これについてはコールマンも既に指摘している通り、あるプラスの機能をもつ社会関係資本は別の機能についてはマイナスの効果を及ぼすこともあると指摘していますし、社会ネットワークは固定的なものではなく、機能・目的によって異なる構造の社会ネットワークが発現する、といった可変的なものとして理解した方が良いのかもしれません。

また、このネットワーク閉鎖性を踏まえると、コールマンの「信頼」は、山岸俊男のいうところの「安心」「ヤクザ型コミットメント」に近いように思えます。
無尽講が例に挙げられていましたが、閉鎖性が高くない都市、近代社会において信頼がどのような構造と動機からなっているのか、興味深いテーマです。

さておき、コールマンは以上のように社会関係資本について整理した上で、人的資本形成にあたえる社会関係資本の影響(要するに子どもがきちんと教育内容を習得したかに、家族や社会がどう影響したか)について、データをもとに実証しています
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次世代の人的資本の形成に会関係資本が与える影響
社会関係資本は人的資本の形成に利用されるのか?という問いに対して、先行研究ではインフォーマルな社会資源(弱い紐帯: weak tie)が職業移動を可能にするという知見がある(Lin, 1988; De Graf & Flap, 1988)。
コールマンは学業達成度に影響する要因―家族的背景 (family background)として、財的資本(家族の財産と収入)、人的資本(両親の教育程度)だけでなく、社会関係資本も重要であるとし、世代間閉鎖性 (intergenerational closure:
子の世代と親の世代が共に関係を持っており、閉鎖している関係性。規範を作りやすい。)を仮説として、調査を行った。

■1.「親子関係の強さ」の影響
原因: 親子関係の強さ: 「家族内に存在する大人の数」「大人が子どもに払う注意の程度(きょうだい数と反比例)」
結果: 高校の中退者数で測定
⇒大人の数が多く、きょうだいの数がすくないほど中退率が低かった

■2.世代間閉鎖性の影響
原因: 世代間閉鎖性の高さ(転校回数で近似。転校回数が多いほど、保護者間のネットワークが形成されにくく、世代間閉鎖性が低くなる)
結果: 高校の中退者数で測定
⇒引越し回数が増えるほど中退率が高くなった

■3.家族外の社会関係資本の影響
原因: 家族外の社会関係資本の強さ(一般高校と宗教系高校では後者が世代間閉鎖性もあり社会関係資本が強いと仮定)
結果: 高校の中退者数で測定
⇒公立高校、非宗教系私立高校と比較して、宗教系高校の中退率は低かった

以上の結果から、社会関係資本が強いほど、人的資本の形成が起きやすいことが示されたとコールマンは主張。
—ココマデ—————-

人的資本の形成や社会関係資本という捉えにくいものを、大胆に高校の卒業率や大人・きょうだい数、転向回数などの測定可能な値に代表させています。
統計的にかなり慎重に分析しているようですが、やはりそもそも前提としてこの値を使うのが正しいのかどうか?
内容としても今の時代、かなり慎重に解釈する必要があるように思います。

社会関係資本の構造として、ネットワーク閉鎖性を主張するコールマンですが、それに対してStructural Holeが重要であるとしたのがバートの”Structural Holes versus Network Closure as Social Capital” (Burt, 2001)です。

本書「リーディングス ネットワーク論」にはこのバートの論文も掲載されており、こちらはSさんが紹介してくれました。

20120524-2

Structural Holeにいる “Robert” と閉鎖ネットワークにいる “James”

オリジナルの図でも同じ名前が使われていますが、この二人はネットワーク論者のRobert PutnamまさにRonald BurtとJames Colemanの2人だろうとはSさんの解説。
ちなみにColemanは1995年にすでに亡くなっています。

そしてさらに、バートによる「ネットワーク閉鎖性」と「Structural Hole」の中途半端な統合を批判し、社会ネットワークを多層性と多重性に分け、非線形モデルで信頼をモデル化したのがSさんの論文。
社会ネットワークと一般的信頼 カスプ・カタストロフ・モデルによる形式化
社会学評論 57(3):564-581 (2006)

なんでもかんでも「ソーシャルキャピタル」で説明するのも危なそうですが、この概念は科学技術コミュニケーションにおいてもかなり重要な概念でしょう。非常に勉強になりました。