赤い映画:アフガン

アフガン [DVD] アフガン [DVD]
(2011/06/03)
アレクセイ・チャドフ、アルター・スモリアニノフ 他

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2005年ロシア・ウクライナ・フィンランド作品 原題”9РОТА”(第9中隊)

満を持して今回紹介する「第9中隊」はロシアがソ連を描いた映画として後世に残る作品と言えます。
オープニングのクレジットは英語となっていますが、エンディングはロシア語表記で、海外に向けた配給も意識した大作です。
公式ウェブサイトもロシア語版英語版があります。

【あらすじ】
1988年、恋人や家族と別れてアフガニスタン派遣に志願した若者たち。幼さすら残る彼らは3ヵ月の厳しい訓練を通して成長し、第9中隊に配属される。しかし、アフガニスタンの現実は過酷だった。厳しい規律。不十分な補給。敵とも味方とも知れぬ住民。そして高地の陣地を守備する第9中隊は、敵の大勢力に囲まれ絶望的な戦闘を開始することになる。

この作品はまさに映画といえます。
劇場公開はされていませんが、大スクリーンで見るべき美しい映像が素晴らしい。
オープニングの映像は雄大なアフガニスタンの山岳を飛ぶ2機のハインド。
つくづくハインドは画になる航空機です。

赤茶けた灼熱のアフガンとコントラストをなして、寒そうなロシアで兵役に志願したのが以下の面々

真面目で少し気弱なヴォラベイ(ロシア語でスズメの意)ことヴァローダ・ヴォラビヨフ
貧しい出で次第にリーダーシップを発揮していくリューティことオレグ・リュタエフ
美術を学ぶも戦場の「美しさ」を知るため志願した“巨匠”ことルスラン・ペトロフスキ
ヴォラベイに絡むいじめっ子チュグン(チュガーナフ)
妻子を残して志願したスタス(スタシェンカ)
リューティと気の合うリャバ(リュバコン)
母一人子一人のシリ(彼、途中でいつの間にかいなくなるようですが…)

上記7名はクラスノヤルスクから来ましたが、訓練地のフェルガナで合流したのは、グロズヌイから来たピノチェトことベクブラートフ。

ピノチェトの風貌は若干中央アジア系で、多民族国家ソ連の姿が垣間見られます。
この面々のあだ名はリューティが命名したものですが、“巨匠”はロシア語ではДЖОКОНДА(ジョコンダ)となっています。これはモナリザのことですから、リューティはチンピラを装っていますが“ピノチェト”といい、意外と物知り。

彼らは当時の若者っぽいファッションに身を包んでおり、なんというか中学生のような勢いにあふれています。
そんな中で一歩遅れ気味の“スズメ”を演じるのはアレクセイ・チャドフ。
彼は本ブログでも何度も紹介した「レッド・スナイパー」(2004)や「ソルジャー」(2011)にも出ています。DVDのキャスト一覧にも一番目にでているため、彼が主人公かと思ってしまいましたが、そういうわけではありません。
彼を含めた面々の群像劇という形です。あまり明確に主人公を設定すると、彼らの運命もおのずと想像できてしまうためかもしれません(まぁロシア・ソ連映画は主人公でも平気でラストに殺しますが)。

さて、本作はフルメタルジャケットと比較されるようですが、確かに「クズが集まる→訓練でしごかれる→戦場へ」という流れは同じです。そしてそこにはやはり鬼軍曹が必要です。

本作ではデガラ訓練軍曹が登場。
このデガラ軍曹が如何にもガチムチベテランソ連兵然としていてイカスのです。
演じるミハイル・ポレチェンコフはどこかで見たと思ったら「ストーム・ゲート」(2006)でGRUのワレーラ・エゴロフ少佐役で出てました(ちなみに本作ラストに登場する大佐もガルキン大佐役で登場。いずれ「ストームゲート」のエントリもアップ予定)。

「ソビエトの空挺部隊とは!?」
「ソビエトの空挺部隊とは強く美しく誇り高い部隊であります!」
「ソビエトの空挺部隊とは!?」
「ソビエトの空挺部隊とは人民の理想であり羨望の的であります!」
「貴様らはなんだ!?」
「私たちは訓練大隊、特に貴殿の恥であります!」

というようにデガラ軍曹が新兵をしごくシーンに観客は待ってましたと大歓声。

戦争映画定番の構成なのですが、ソ連映画ではあまりなかった(と思われる)ので、こういうのが見たかったという向き(私含む)には大満足。
しかし一方で、現代ロシアがどうソ連軍やアフガニスタン紛争を描いたのか、という側面から見るとやや考えさせられます。

本作においては、フルメタルジャケットのように訓練によって人間性が徹底的に奪われていく、という描き方はしていません。どちらかというと反発し合いながらも徐々に仲間の結束を強めていくという描き方になっており、それが結末の悲惨さを描き出すことにはなっています(スズメを助けようとするチュグンに涙)。
しかしありとあらゆる面で殺伐とした映画、軍隊的世界を皮肉と共に痛烈に批判するような映画というわけではありません。

敵であるムジャヒディン(という呼ばれ方は作中でしていない。これはゲリラを支援していた反ソ勢力である西側諸国がかつて使っていた言葉。その彼らも今はこの言葉を使わない)は基本的に押し寄せる敵としての描かれ方が中心になっており、ソ連軍が村々を焼き払うといったシーンもありません。もちろん逆に村人と仲良くするわけでもありませんが。

ソ連・ロシア戦争映画に通底する犠牲に対する諦観というか、ロマンというかが垣間見られるような軍隊生活と戦場の結末、そして上述したような敵の描き方が結びついて、結果的に本作はアフガン紛争に対してやや肯定寄りのメッセージを発することになっているように思えます(いや、別に肯定的でもよいのです。私も当時ランボー3を劇場に見に行って腹を立てていました。ランボーに。)

製作者の主たるメッセージは大きな歴史の中で若い兵士たちに犠牲を強いたことの悲惨さなのでしょうが、毎回毎回ソ連ロシア映画で犠牲を諦観と共に描かれると、じんわりと恐ろしさを感じざるを得ない。
勝利とヒロイズムばかり強調するアメリカ映画よりはある意味まともですし、好きです。犠牲に対する感覚はむしろ日本人とは近い面もあると思うのですが、やはり限度が…

と、ここまで書いてちょっと筆が走ってしまった感があります。
このような見方をしたとしても、本作は傑作と言えるでしょう。
それにしてもこのような内容を可能にし、欧米でも高評価を受けたのは、やはりロシアがある程度安定しつつ再び強国へと進み、そして欧米もまたイスラム世界を敵とする今だからだろう、と時代を感じざるを得ません。

さて、話をデガラ軍曹にもどしましょう。
デガラ軍曹がよい、という話です。
デガラ軍曹が戦地に戻りたがるが却下され、赤い花が咲き乱れるお花畑で膝を抱えてシクシク泣くシーン、
そして教え子達を敬礼で見送るシーンは何ともいえぬよい映像です。

ストーム・ゲートでもミハイル・ポレチェンコフはいい役なのですが、ここまで光っていません。やはり役者をいかすのは監督や演出です。
余談ですが、ポレチェンコフはコマンドーをリメイクしたあの「コマンドーR」(2008)にも出ていますが未見。どんな演技か見るのが楽しみです。

もう一人、訓練地で鍵となる登場人物は“白雪姫”です。
近隣の村に住む彼女は戦地へ向かう男達と一夜を共にするのですが、こういった女性や軍隊周辺の人々を描くのが、既に本レビューシリーズで何度も述べたように、ソ連・ロシア戦争映画に独特な味付けをしていると思います。

デガラ軍曹と白雪姫によって男になった彼らは入隊153日目、アフガン北東部のバグラム基地に入ります。
ここはソ連軍の航空拠点になっていた場所ですが、それにふさわしい迫力ある映像となっています。

そしてリャバとピノチェトは第4中隊に、リューティ、スズメ、巨匠、チュグン、スタスは第9中隊に配属になります(シリがいないよ…)。

第9中隊で所属することになる分隊(?)には
スキンヘッドのカコール・ポグレブニャク軍曹
アジア系で衛生兵のコルバシ
細面で口ヒゲのアファナーシ
の3人しかいません。分隊の規模は10名弱ですから、他はどうなったか推して知るべし。

さておき、カコール役のフョードル・ボンダルチュクは実は本作の監督も務めており、かの有名な映画監督セルゲイ・ボンダルチュクの息子でもあります。親子そろって監督兼出演。
カコールもいい感じの軍曹ですが、若干スマートな部分が出ているというか、泥臭い部分が少ない気がします。

入隊181日目、彼らは南部ホースト州にある3234高地に陣取ります。
通過する輸送部隊の安全を確保するためです。


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ホーストはパキスタン国境に面する州。つまりパキスタンから越境してくるパシュトゥーン人を主体とするゲリラの活動が盛んな一方、バグラムやカーブルからは遠く補給線の確保が危うい場所です。

本作品はこのホーストの3234高地で1989年1月8日(入隊から275日目)に起きた、ソ連軍第345独立親衛空挺旅団第9中隊の戦闘を元にしているとのことですが、当然脚色はあるでしょう。
ロシア語版サイトによると、中隊39名のうち6名が死亡、負傷者12名、生存者21名とのことです。半数が死傷というのはまぎれもなく大損害です。

劇中をよく見返してみると、リューティ達それぞれが持つ背景や行いが、彼らの運命と対比をなしていることに気が付きます。
その詳細をここで書くことは避けますが、そういった対比が織り込まれていることから、なぜ彼らはこのような目にあわなければならなかったのか、というメッセージを読み取ることができるのではないでしょうか。

3234高地の戦いのわずか一ヶ月後の89年2月に、第9中隊はアフガンから撤退します。
1988年4月には米ソアフガニスタン・パキスタンの調停で撤退が決定していたので、そもそも彼らは撤退戦に駆り出されていたわけです。

そして1991年12月にソ連は崩壊。
彼らが「ソビエトのために!」と宣誓した国も大儀もなくなったのです。

しかしそれでも何かがあったのかもしれない、という思いがにじみ出る作品でした。

【補:「シンプルで無駄がない、つまり美しい」と巨匠が言った兵器達(一部・銃器除く)】
BRDM-2
 第9中隊とすれ違う車列の中にちらっと登場。別のシーンでは稜線上からアフガンゲリラに攻撃されて砲塔が吹っ飛ぶ。道端に残骸となった姿も。

BTR-70
 バグラムではエンコしている描写も。それっぽくて◎。なぜかBTR-80がでてこない。

BMP-2
 コンボイを守る車両として頻出。後部ドアの燃料タンクは酒造タンクになって大活躍

T-64(リアクティブアーマー装備)
 フェルガナでの訓練時とアフガニスタンで登場。T-64がこれだけ出た映画を管見の限り知らず。訓練時のシーンでは砲塔上面もアップで映っています。しかしT-64は欧州方面に装備されていてアフガニスタンには送られていないとされているはず。また、コンボイ警護車両として登場するときは投光器に空挺部隊のマーキングがありますが、空挺部隊は戦車は装備していないはず。まぁいいか。

ZSU-23-4
 バグラム基地でちらっと登場。静止状態

BM-21
 同上。コンボイ中にもあり。さらに小さい村に対して斉射するシーンも。ヴォラベイの慟哭からこの斉射のシーンのつなぎは圧倒される。

Mi-24PハインドE
 中隊を助けに来たがスティンガーで撃墜されさらに絶望のどん底に、という事にはならず。ちなみにDVDジャケットはMi-24DハインドDになっとるぞ…

Mi-8MTヒップH
 ロケット弾ポッド6基とホイスト装備

An-24コーク
 リューティたちがフェルガナについた飛行場のシーンに登場。クラスノヤルスクからフェルガナまで3000㎞くらいあるのでAn-24では一度に飛べない。乗り換えで最後に乗ったということか?

An-12カブ
 バグラム入りに使用。そして入れ替りに帰国を喜ぶ帰還兵が乗り込むが…このシーンは本作品の目玉の一つでしょう。

Su-25フロッグフット
 バグラムで登場。整備されたりしているが飛行シーンはない。しかし背景に移っているだけでリアリティが醸し出される。贅沢な映画です。しかしこれまたDVDジャケットではなぜかMiG-27になっとる! ハインド間違いは100歩譲ってもこれは全然違う!