『暗黙知の次元』を読む

授業で輪読をしているコリンズの『我々みんなが科学の専門家なのか』をよりよく理解するため、院生メンバーがポランニー『暗黙知の次元』(1966=2003)を読む会を企画しました。

私は恥ずかしながら初めて読みましたが、流石になかなか面白い。生物は物理や化学では解明できないとか、今の生物学はでたらめだとか、全体性が、などと言い出して、おいおい生気論とか言い出す気か、とページをめくったら案の定ドリーシュがでてきました。当時すでに一般システム理論など、還元主義的な生物学ではないアプローチも出てきているので、ポランニーの生物学観は若干当時の先端についていってない点もあるような気もします。が、生物学者ならぬポランニーが思索でおいついているわけですし、そもそもそこは問題ではない。

 

詳細には書いていないドリーシュの実験とエンテレキーについて補足解説

黙知はよく「言語化はできないが、確かにもっている知」「自転車の乗り方」などと要約されますが、そのようなものに留まらない、知に対する思想を述べた書であると理解できました。上述の生物の調節性のとおり、個の知の加算によって全体が必然として生じるものでもなく、全体の一部として個が存在するのでもなく、それを担う人が全体の要素として従うということでもなく、個がもつ知の価値とそれらの創発こそが人間にとって重要であると強く訴えています。

そう考えると、暗黙知を参照したコリンズも『我々みんなが』で最後に、専門知とは倫理であるといった話に至って終わったのもまぁうなずける気がします。若干納得はできないが・・・

スケジュール

6月7日 序章・1章暗黙知: 担当石澤
6月14日 1章・2章創発: 担当坂本
6月28日 3章探求者たちの社会: 担当荒木

意味がとりにくいのでホワイトボードで図示しながらみんなで議論