ユニークボイスシンドローム

大雨の中、六本木は政研大で開催されたJST/GRIPS主催シンポジウム「社会における科学者の責任と役割」に参加してきました。

私的目玉は前全米科学アカデミー(NAS)会長のブルース・アルバーツ氏の登壇です。
アメリカでは非常時対応可能な専門家集団をどのように組織しているのか?
登壇者は以下の方々。
・ブルース・アルバーツ(「サイエンス」編集長、前全米科学アカデミー会長)
・吉川弘之(科学技術振興機構研究開発戦略センター長)
・笠木伸英(東京大学大学院工学系研究科教授/科学技術振興機構上席フェロー)

まず4名も挨拶。
「科学者の統一的な見解」「それに基づいた中立的な提言」「これまで信頼を頂いていたが震災においては対処できなかった」
などという言葉が聞こえる。

その後、ようやくアルバーツ氏が登壇。
NAS (National Academy of Science)がどのように独立性を保って科学的情報を提供しているかについて、前半はお話されました。
以下概要(サイトからは発表資料がダウンロード可能)
・大小200のレポートを一年に提出しており、85%は政府からの依頼による
・すでに1863年の憲章において、政府の依頼による仕事の場合は政府から資金提供をうけてはならないとされている(ボランティアでやる)
・政府からの依頼の時点で「悪影響はない」として依頼される場合もあるが、結果は様々
 ・高圧電線の健康に与える影響に関する報告書 (Possible health effect of exposure to residential electric and magnetic fields, 1997) においては健康被害があるという証拠は得られなかったと結論された
 ・飲料水に含まれるヒ素についての報告書 (Arsenic in drinking water, 2001)では少量のヒ素でも危険であるという結論に至った
・9.11以降は保安上の理由をもとに圧力を強める政府に対して、さらに独立性を高めている
・NASは科学的にコンセンサスが得られた情報を提供し、政府はそれに基づきつつコストやベネフィットなどを慎重に総合して政策決定を行う

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・このためには委員会の組織が重要
・特定勢力のロビー下にないかをチェックする。必要に応じて科学者だけではなく法律の専門家もメンバーに入る
・報告書は事前に他の専門家にレビューを受ける
・科学者はもっと社会に影響を及ぼすべきであり、科学と人権の精神は共通の価値に基づいている
後半は科学教育や若手研究者の話になっていきました。

次の登壇は吉川氏
・平常時においては分業によってそれぞれの専門家は活動しているが、危機時にはそれぞれが協力しあい、助言をまとめる
・今回の原発事故では、政府当局から直に情報がこなく、メディアを介して情報が伝達されたため、バラバラの見解しか出せなかった
・科学者の合意された声(必ずしも一つの見解ではない)は政策決定の対立を緩和し、ばらばらな声は社会における対立を激化させる
・科学的理論の対立は、一般市民には理解できないため、外部に出すべきではない
・中立的な提言とは、不確実性の明記・政策への影響・複数意見、からなる
・このためには公的なシンクタンクが必要。
・現在は学問を担う日本学術会議と政策をになう総合科学技術会議の二つがあり、その役割分担・協力が必要
・観察型科学者(理学系)、構成型科学者(工学系)、行動者(政府・企業等)によるループの加速が必要
・そのためには分野横断/課題解決研究が必要

今回のシンポジウムは震災(原発災害)以降、急速に一部の専門家から語られるようになった「一つの声(ユニークボイス)」の実現のためにどうすべきか、というのが議論の中心になっていました。

問題はユニークボイスを実現できなかったという点にある、ユニークボイスを確立しなければならない、という専門家(一部)の問題意識のありかたを勝手に「ユニークボイスシンドローム」と命名。

確かにあまりにばらばらな情報をばらまくのは適切とは言えないでしょう。
しかし、ユニークボイスを出せば(「正しい」情報を出せば)、問題は回避できた、という点にのみ議論(それも割と概念的な議論)が集中しているのはどうかと思います。

ユニークボイスドクトリンを作りたいならどうすべきか。
少なくとも当局から情報がこなかったからとか弱気なこと言ってる場合ではないでしょう。
巨大で独立的な文化が強い学術集団(それも日本という危機に対応できない病理をもつ国)で、危機時に本当にユニークボイスを短期的にだせるのか?
そもそもユニークボイスを出したからと言ってそれが信頼されるのか?どうも欠如モデル的思考が見え隠れします。
残念ながら「科学的理論の対立は、一般市民には理解できないため、外部に出すべきではない」という言葉と「信頼」は程遠いように思えました。
また、平時だけではなく、非常時にも対応できる組織についての言及も特にありませんでした。

休憩をはさんでパネルディスカッションを開催。
冒頭では笠木氏が情報提供をしました。
・当局と専門家の関係が法的にも道義的にもあいまいだった
・日本学術会議憲章は科学者のビジョン、行動規範を示すものだが、研究者コミュニティの中の話であり、社会の中での立場は欠如していた
・科学的知識と思想・信条をわけなければいけない
・緊急時における規範もいれ、さらに学術分野別ではなく、事故・災害別にツリー構造専門家ネットワークを構築すべき
・規範は法律のレベルを超えた(国際的にも)普遍的なものであるべきであり、科学者自身が作らねばならない

笠木氏の情報提供の後、日経編集委員・論説委員の滝順一氏司会でディスカッションが行われました。

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司会の滝氏はユニークボイスなんて本当にできるのか、何が具体的に必要か、米で原子力事故があればユニークボイスは出せるのか、出せたとして信頼してもらえるのか?と3氏にまっとうな突っ込み。

アルバート氏(以下ア): 生物部会が低線量被曝のレポートを既にだしており、それをもとに専門のライターも交えて一般向けのサマリーをすぐに作成する。情報がなければより大きくリスクをとって不安になる。また我々の話を信頼してもらえる信頼づくりが必要。
吉川氏(以下吉): ユニークボイスを発信する中立的組織づくりは辛抱強く議論してやっていく必要がある。
滝氏(以下滝): 統一見解まで何か月も待てない。また、独立性はどうチェックするのか?
ア: 6つのDivisionとそれぞれに10のBoardがあり、それぞれが独自に動く。メンバー選定時には利害関係チェックリストによる審査を行い、仮決定後にはパブリックコメントも受け付ける。また活動実績もチェックする。
ア: 全ての意見を公開すると意見を出しづらくなり逆に独立性が低くなるため、一部の委員会は公開し、一部はメディアにも政府にも非公開としてNAS全体でバランスをとる。
滝: 学術会議は組織的には内閣府の下で、予算は国から来ている。メディア・政府にも非公開というような強い立場に立てるか?
吉: やらなければならない。学術会議に関係する法(?)には事故の決定に従うことができるとあるのでできるはず。
笠: 法(?)には政府に提言できる、だけではなく、必要な情報は政府に要求できる、とある。しかしそれができていなかった。このような役割を果たせるのは学術会議のみだと思うが、一方で科学者だからフェアにできるかというとそうではないだろう。行動規範と組織作りが必要。
滝: 科学者の教育や処遇について改善しなければならないのでは?

倫理規定や倫理教育の話になっていましたが、会議の予定があるので会場を離脱することにしました。
最後に行きつく先は倫理やらコミュニケーションやら・・・

倫理もいいが、本当の倫理は書面にではなく組織のかたちに宿るものではないでしょうか。
中立的な組織な組織は辛抱強く作るとか言ってるが、今もまだ緊急時なのですが・・・
アルバート氏からは参考になるアメリカの例があったので、さらに笠木氏による緊急時のツリー型専門家ネットワークについて掘り下げて欲しかった。

また、ユニークボイスの本質は「中立」ではなく「独立」ではないでしょうか。
科学的情報と思想・信条を分けるべきという議論もありましたが、そもそもそれらが実際上分けられると思う/分けられていると思ってもらえる、ということ自体、かなりナイーブなのでは?
「中立」を標榜するよりは「独立」の立場でその責任に基づいた見解を出すというほうが信頼に結びつくのではないかと私には思えます。

非常時に機能できる組織のためにどのような思想と訓練と装置が必要か、現状存在する非常時に対応できる中央集権的な組織と、学術的な組織がいかに異なることか。
学者だけではなくFEMAや非常事態省の専門家も交えて議論してたほうが良いでしょう。

ユニークボイスに夢をもち、独自に活動する科学者を活かすことなくその声を抑制しようとする現状に対する認識もないのは、どうにもこうにも・・・・大雨の中を歩きながら思うのでした。

【追記 2012.1.14】
吉川氏の主張については下記を参照

緊急に必要な科学者の助言
吉川弘之(科学技術振興機構研究開発戦略センター センター長)
2011年6月28日
http://crds.jst.go.jp/output/pdf/11xr01.pdf

あらためてまとめると、
ユニークボイスは
・一つの見解からなるわけではなく、ある程度オーソライズされたという意味で「正しい」意見というレベル
・従わなければならない指示ではなく、行動者(当局)の意思決定の参考となるもの
・日本においては学術会議が担うべき機能である

三つ目はさておき、それ以外は米のNASや英のSAGE (Scientific Advisory Group in Emergencies)にも共通する考えであるようです。
しかし具体性があまり見えません。そもそも今現在も非常時であり、現状への対応については不明です。
また、学術会議や学会等の動きに対する分析と反省がほぼないように思えますがどうでしょうか。