人文・社会科学系が多い科学技術コミュニケーター?

9月10日にNISTEPから「我が国における人文・社会科学系博士課程修了者等の進路動向」の結果が公開されました。

調査全体としては2002年度から2006年度に博士課程を修了した414大学・75,197名を対象として、2008年に実施されたものです(私は調査対象にぎりぎり入ってない)。
この調査は第3期科学技術基本計画のフォローアップの調査という位置づけで、人文社会科学だけではなく、理工学についても調べられていますが、今回は人文社会科学系に絞った内容として再分析されています。
その中に面白いデータがあったので、簡単にまとめまてみました。

■一度非常勤教員になると抜け出しにくいキャリアパス
主要な結果としては、
・博士課程終了直後に大学教員になった割合が約45%と、理工系の約20%に比べて高い
 (注:ただし職業が判明している回答者の割合が約65%と、理工系の約80%に比べて低く、この不明者は集計に含めていない)
・学位取得者の大学教員着任率は満期退学者の約2倍、約23%
・人文系で博士課程修了直後にポスドクになった場合、専任大学教員率は1年後の10%から5年後は57%に増加。専任以外の大学教員は13%~21%でほぼ一定。
 (注:1年後のデータはN=101、5年後はN=53。減少分は上記の「職業不明者」だと思われる)
・一方、直後に専任以外の大学教員になった場合、専任大学教員率は1年後の12%から5年後は25%に増加。変わらず専任以外の大学教員の割合は66%に減少
 (注:1年後のデータはN=167、5年度はN=140)。
・社会科学系では直後にポスドクになった場合、同様の割合は22%から74%、9%(N=59⇒N=43)
・同直後に専任以外の大学教員になった場合、同様の割合は25%から50%、46%(N=110⇒N=76)

要するに一度非常勤教員になると、専任の教員になりにくくなるということです。
ちなみに私は生物系博士課程修了→社会科学系ポスドク1年半→社会科学系特任助教4年半←イマココ

人文社会系は一件理工系に比べると就職はよさそうですが、職業不明になっている人が理工系より多い点が気になります。
どうも全体流れがパッとわかる図や分析がないので、ちょっと工夫してもらえるとありがたい。

抜け出せなくなる原因としては早くに専任以外の教員になると雑務に忙殺されたり、いいように使われたりして業績が伸びなくなることでしょうか?
この点、興味があるところです。

■科学技術コミュニケーターには人文社会系が多い?
ということですが、本エントリが注目したいのは報告書の最後、68~69ページにある「科学技術コミュニケーターに就いた者」に関するデータです。

「科学技術コミュニケーター」に就いた者の研究分野上位10位は以下の通りと報告されています

  分野   人数
——————
史学     41
芸術・その他 12
その他人文  11
地学      9
生物      5
土木・建築   4
応用化学    4
文学      4
教育      4
機械・船舶   3
——————
全体     121

おや、と思いました。私の周りを見ても史学や芸術、人文系の「科学技術コミュニケーター」なんてほとんどいません。
それもそのはず、この報告書では、科学技術コミュニケーターを以下のように定義しています。

「科学技術系研究者をはじめとする専門家と国民一般とを結ぶ役割を果たす職業、例えば科学技術記者、サイエンスライター、科学館・博物館関係者、大学・研究機関・企業等の広報担当者が該当し、通常は理科教師も該当するが、本研究では理科教師は教員(小中高)としている」

確かに広い概念、職業的なカテゴリとしては間違いではないでしょう。
ただ実際問題として、第三期科学技術基本計画による2005年からのいわゆる「科学コミュニケーション元年」以降にうまれた「科学技術コミュニケーター」とは少し違っているように思えます。

まず職業的な概念ではない。
次に資格がない(修了認定はありますが、学芸員や教員資格とは全く違います)。
元年以前からこれらの職業はあったわけで、それを新しい「科学技術コミュニケーター」というくくりにいれてしまっているわけです。
そもそサイトを表示も人文社会系出身の学芸員といった方々で「自分は科学技術コミュニケーターである」と考えている方はどれくらいいるのでしょうか?

学芸員やましてや理科教師まで含めてしまうと、「科学技術コミュニケーター」のもつ問題をうまく抽出することはできないのではないかと思えます(今回さすがに理科教師は含まれていませんでしたが、社会科教員でも国語教師でも科学技術コミュニケーターでありうるのでは…)。

どうもこのあたり、科学技術コミュニケーター養成が順調にキャリアとして定着している、というデータを出したいという意図を感じるといったら言いすぎでしょうか。

もう一つのデータはこの「科学技術コミュニケーター」の雇用形態です。
報告によると、常勤任期なしが36%、常勤その他が20%、非常勤が18%となっています。
しかし、ここには雇用形態が把握されていない回答者は含まれていません。
含めたグラフと報告書のグラフを描いてみると、下のようになります。

20120922-1

左)不明を含めないオリジナル図  右)不明を含めた図

ずいぶん印象がかわります。これも「科学技術コミュニケーター」はみな「科学技術コミュニケーション職」についてますよ、と言いたいかのような印象を受けます。

前述したように、そもそも職業としての科学技術コミュニケーターを定義すれば、こういった結果になるのも当然と思えます。

科学技術コミュニケーターのキャリアパスを調査するならば、いわゆる「科学技術コミュニケーター養成プログラム」の雇用に参加したことがあるか、知っているか、自分は科学技術コミュニケーターだと思うか、何になりたいか、といったことを少なくとも聞かないと、科学技術基本計画の評価に対応できるデータにはならないように思えます。