日工展訴訟事件:戦後日本と中国とCOCOM

大学等における安全保障貿易管理に関する勉強会に参加してきました。いわゆるデュアルユースに関連する問題ですが、外為法の厳罰化もあり大学での貿易管理は実際上の喫緊の課題です。現場の事務職の方もかなり高度で責任の重い仕事を担うことになって大変です…

(会場は合同庁舎)

 

経産省の方のセミナーがとても勉強になりました。いくつか気になるポイントがあり、そのひとつが「日工展事件」です。最新の状況についての情報提供が中心でしたが、冒頭で歴史的なお話があり、その中でちらっとだけ言及されました。

気になったのでネットで検索してみましたが、漠然とした情報しかありません。そこで新聞のデータベースで調べてみました。ざっくり以下のような事件です。以下には朝日新聞だけ紹介してますが、他の新聞も大きく論調は変わりありません。


ココム緩和要望へ 日工展事務局(朝日新聞1968年5月26日)
1969年4月と5月に、北京と上海で第3回日本工業展覧会が開催される。これにあたり同事務局は政府にココム・リストの緩和を要望。これは、1967年の天津科学機器展では大型計算機など14品目がココムリストにひっかかり出品できなかったため。また、1965年の第2回日工展では技術水準の低い機械類の寄せ集めだとして中国側の評判が悪かった。なお、5月25日にまとめた出展社向けアンケートによると回答210社のうち「ココムと吉田書簡は廃止すべき」としたのは138社(約66%)。


ココム問題再燃か 日工展に七千点申込み(朝日新聞1968年10月4日)
1968年10月3日の日工展事務局発表によると194社が7000点を出品。内容としては工作、計測、土木機械類が特に目立っている。うち数十点がココムリストにふれるとみられている。7日に日本国際貿易促進協会(日工展の主催組織)や参加メーカー、商社の代表が通産相に全品出品を要望予定。


出品できない品目も 日工展 通産省、審査持越す(朝日新聞1968年12月25日)
1968年12月25日、通産省は日工展会長(自民党・宇都宮徳馬)に出品可否の審査持越しを通知。日工展側は1月末の船積みに間に合わせるために26日までに全品目を無条件で許可するように要求していたが、この通知で事実上出品できなくなる可能性が出た。無条件で出品できるのは約7000点のうち95%以上。審査持越しはココムリストにふれそうな物と申請書類不備の100点以上。大型工作機械、計測機器、電子計算機などの「花形出品物」が約10点含まれている。


日工展 出品禁止で訴訟へ 政府の違憲を主張 27日に正式決定 ココムが争点に(朝日新聞1969年1月25日)

審査の結果、約7000点のうち19点が出品禁止、19点が持ち帰り条件付きで許可。この中には電子計算機、工作機械などが含まれ、金額では全体の8%に当たる一億2000万円にのぼる。日工展側は全品出品を24日までに要望したが通産省は拒否。24日の理事会で行政訴訟を決定。25日から予定の船積みも延期し、開催中止も含めて検討。行政訴訟の前に仮処分申請をする予定。「理由を明らかにされずに出品を禁止するのは憲法違反」という主張であらそう予定。出品禁止品目の中にはソ連や東欧圏には輸出許可されているものがかなり含まれている。

通産省は国際収支の均衡を維持し、並びに外国貿易及び国民経済の健全な発展を図るために必要な場合は輸出に条件を付すことができるとした輸出貿易管理令第一条に基づいているだけ、とする。しかし審査基準はココムのリストに基づいている。ココムは西側諸国の紳士協定であり、出品禁止の正統な根拠となりうるのかが争点になる。


切りが無いのでここで引用は終わりとしますが、この事件はその後、日工展理事の辞任、国を相手取った訴訟、69年上海日工展の中止(北京は実施)、北京日工展での日中合同によるデモなどがあり、最終的に国の敗訴と続きます。時代背景としては、日中友好のために経済協力が強く推進しようとしていた人々も多くいたということを理解する必要があります。もちろん日中間の問題だけではなく、必ずしも足並みがそろっているわけではないアメリカや西側諸国との関係も絡めて把握しなければなりません(ちなみに69年3月2日のダマンスキー島事件の直前であり、米中国交正常化前の時期)。

本題からはずれますが、日工展の理事宇都宮徳馬は実に興味深い人物です。父は大陸と朝鮮半島で活躍し、最終的に大将にまで登りつめた宇都宮太郎。徳馬は戦前は共産党員で治安維持法で投獄されたり、その後、株で儲けて製薬会社を立てたりしたのち、戦後は左派、親中派の自民党員として活躍します。彼は日中友好のために日工展出品全品を許可することを求めていましたが、裁判で国と争うことは考えておらず理事会と対立し辞任します。

 

さて、この事件は法的な観点から見れば、COCOMが先行し国内の法整備が遅れていたために起きたこと(のよう)です。その後その点は整備され、安全保障の観点で貿易が制限される根拠が確立します。そして現在はさらに外為法が改正されその傾向が強くなり、産業界だけではなく大学もそこに明確に含まれるようになっている、ということでしょうか。

近年特に中国への高度技術流出(留学生経由含む)が話題に上ることがおおくなり、セミナーでもやはり事例および想定対象は中国でした。ファーウェイ問題など安全保障と経済安全保障がからんだ米中貿易摩擦が頂点に達していますが、日工展事件を振り返るとまさに隔世の感があります。

 

最近もこんなメールが飛び込んできました。

[事務・通知]米国輸出規制(EAR)に係る情報及び外為法に係る機微度に関するアンケート

教職員各位

 標記の件について、研究推進部産学連携課から、他大学において米国輸出規制(EAR)に基づく米国商務省の立入調査があったことから、本学においても米国製品等に関するEARへの対処を行うこととした旨、通知がありました。
 ついては、安全保障輸出管理全学責任者からアンケート調査の協力依頼がありましたので、所有する物品等をご確認のうえ、下記期日までにアンケートの提出をお願いいたします。
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また、現在留学生を受け入れるには以下のようなチェックリストを事前に提出する必要があります。

  1. 受入人物が,外国ユーザーリストに掲載されている企業・組織に所属する者(過去に所属していた者も含む)である。または,懸念国(イラン・イラク・北朝鮮)若しくは国連武器禁輸国・地域(アフガニスタン,中央アフリカ,コンゴ民主共和国,エリトリア,イラク,レバノン,リビア,北朝鮮,ソマリア,スーダン)出身者である。
    ※外国ユーザーリストに掲載されている企業等が属している国・地域は,アフガニスタン,アラブ首長国連邦,イスラエル,イラン,インド,エジプト,北朝鮮,シリア,台湾,中国,パキスタン,香港,レバノンのみです。(それ以外の国・地域の場合は,「いいえ」となります。)
    「外国ユーザーリスト」は経済産業省安全保障貿易管理HPでご確認下さい。 http://www.meti.go.jp/policy/anpo/law05.html#user-list” 
  2. 以下のいずれかに該当する。
    ① 受入打診前に研究分野や内容を変更したり,頻繁に所属を変更(転職を繰り返す等)する等,受入人物に不審な点がある。 
    ② 受入人物が,将来本国に帰国し,軍事関連部門や軍需企業に就職することを今までの連絡から知っている。 
    ③ 提供技術が,兵器等の開発に用いられる,又は用いられる疑いがある。または,受入人物が所属する(していた)組織が,兵器等の開発,製造,貯蔵を行っていることが,入手した文書等に記載されている。
    ④ 入手した文書等によって,提供技術が,核融合に関する研究,核燃料物質や原子炉等の開発・製造・使用等に用いられる,又は用いられる疑いがあることを知っている。
    ⑤ 受入人物が所属する(していた)組織が,外国の軍又は警察である。または,これら組織等により,化学物質・微生物・毒素の開発等,ロケット若しくは無人航空機の開発等,宇宙に関する研究に用いられる,又は用いられる疑いがあることを入手した文書等によって知っている。
  3. 受け入れ人物が以下のいずれかである。
    ① 日本に入国後6ヶ月以上経過している。
    ② 本学と雇用関係にある。
  4. 受け入れ人物に提供する技術が下記のいずれかである。または,少なくとも雇用契約を締結若しくは日本に入国後6ヶ月を経過するまでの間に提供する技術が,下記のいずれかである。
    ① 基礎科学分野の研究活動において提供する技術 
    ② 公知の技術 
  5. 設問4のいずれかに「はい」と回答された方のみ,以下に「はい」とチェックされた項目の番号とその理由をご記入下さい。なお,①基礎科学分野に該当する場合は,次の記入文例「提供する技術は○○(下記基礎科学分野の定義に当てはまるよう提供予定の技術の内容を具体的に記載)であり,特定の製品の設計又は製造を目的としない。」を参照の上作成願います。【基礎科学分野の研究活動とは】 自然科学の分野における現象に関する原理の究明を主目的とした研究活動であって,理論的又は実験的方法により行うものであり,特定の製品の設計又は製造を目的としないものをいいます。

    経済産業省安全保障貿易管理Q&Aより  <http://www.meti.go.jp/policy/anpo/qanda25.html>

    また,②公知の技術に該当する場合は,提供する技術それぞれに対して,発表の媒体がインターネットで特定(検索)できる内容まで事前確認シートに記載願います。
     学会で発表の場合       学会名(発表会名),開催日,開催場所,発表者,DOI等
     学術雑誌・専門誌の場合    雑誌名,巻数(発表年),発表者,DOI等
     教科書の場合         教科書名,著者,発行年等
     インターネットで公表の場合  ホームページアドレス等(技術が確認出来るページ)

 

大学ももはやかつてのような空間ではありません。セミナーではその他にも、2019年米国国防授権法など、勉強すべき事柄を把握することができましたがひとまず今回はここまで。