ストランドビーストの現在―2019年―

芸術の森美術館で開催中の「テオ・ヤンセン展」に行ってきました。ビーストを直に見るのは2009年の日比谷での展示と、同年オランダ・イペンブルグにあるテオのアトリエに続き、10年ぶり3回目。御縁があってCoSTEPも協力をさせていただきました。長生きはするもんだ。

以下、現在のストランドビーストについて芸森展示を中心にまとめました。いずれ別途、より包括的な観点からのテオヤンセン考はまとめたいと思っています。

ブルハム期爆発のストランドビースト

2019年の札幌と福井の展示で注目すべきは、キャタピラ型のストランドビーストである。

ストランドビーストには大きく分けて、テオヤンセン機構とも呼ばれるメカニズムによる足をもつビーストと、足を持たないキャタピラ型ビーストの二系統がある。このキャタピラ型ビーストが十余年の期間を経てふたたび種分化しはじめたのが、2016年からのブルハム期、すなわち現在だ。札幌と福井では、12体が展示されるが、そのうち4体がキャタピラ型(ヴェルミキュラス、ルゴサス、ウミナミ、カリブス)、1体がハイブリッド型(ムルス)、残り7体が足型である。ムルスも含め5体ものキャタピラ型が展示されるのは、2009年から福井までの10回の中でこれまでにない。

一方で、これまでの足型ビーストもキャタピラ型ビーストとの対比で注目すべきであろう。最も新しい足型ビーストであるオムニアはバロック化*している。つまり巨大化・複雑化している。これらは何を意味するか/これから何を考えることができるか。以下ビーストを紹介しながら述べていきたい。

*バロック化:ある技術や物が、適切な機能性を超えて、目的やシステムそれ自体に拘束されて複雑化・巨大化していくこと。カルドーが『兵器と文明』(1981=1986)で論じた。

2会場あるうちの工芸館に、ウミナミを除くキャタピラ型ビーストが展示されている。全体として製作年代順、すなわちテオヤンセンのいう「期」の順には展示されていない。これは会場の形やリ・アニメーション(動作演示)の関係上やむを得ないのだろうが、系統に沿った展示を見たいと思ってしまうのも自然だろう。

足型とキャタピラ型の二系統と形質

Animaril Vermiculus(アニマリス・ヴェルミキュラス)2001年

さて、最初期のキャタピラ型ビーストのひとつがヴェルミキュラスだ。このビーストは移動はできず、ペットボトル内の圧縮空気をエネルギーとしてその身をくねらせることだけができる。ちなみに今回展示された個体には、背から上方にのびるパイプとそこに接続されたペットボトルはついていない。そのため、重要な器官であるペットボトルを観察することは残念ながらできない。

このペットボトルは、足型とキャタピラ型の進化を考える上でひとつの鍵となる。2001年から06年のヴァポラム期(蒸気の時代)では、ペットボトルが新たな器官として獲得された。それは3体の生まれたばかりのキャタピラ型ビースト(ヴァポリス、ヴェルミキュラス、ルゴサス・ペリストハルティス)と、1体の足型ビースト、カレンス・ヴァポリスで試された。

*ヴァポリスとルゴサス・ペリストハルティスでは体にペットボトルは備えておらず、チューブによってペットボトルやコンプレッサーから圧縮空気が供給される。

それ以降、興味深いことにペットボトルは、既に脚部の機構が完成していた足型ビーストにさらなる多様性をもたらした。一方で10年にわたってキャタピラ型の進化は停滞した。そして2016年からの「ブルハム期爆発」とも言える復活においても、ペットボトルを備えたのはブルハス・セグンダスの一部、Evo1, 2のみである。

Animaris Rugosus Segundus(アニマリス・ルゴサス・セグンダス)2016年

少ない事例から一般化を導くのは危険ではあるが、あえて種分化の段階と獲得器官の法則を見出そうとすれば、二つ挙げられるだろう。一つ目は、既に述べたように、種分化の初期段階(最初期段階ではない)ではペットボトルは採用されにくい。逆に言えば、移動のための器官がまず最初に進化し、その後にペットボトル(胃)やバルブ(神経)が備わるという法則があると考えられる。これは今後のキャタピラ型ビーストの進化を観察する上でのポイントとなるだろう。

二つ目は、移動のための機構の進化についてである。最初期のキャタピラ型ビーストと同様に、最初期の足型ビーストであるヴァルガリス(1990年)も仰向けで足を動かすだけで、歩けなかった。ビーストはいずれも「歩く」前に、蠢めく時期を過ごしているのである。何のために? 歩くことなしに歩くための器官が如何に進化しうるのか? これは前適応*なのか? それともテオのビーストは現実の生物と異なり、明らかな定向性、歩くことへの指向があるのか? 

*前適応:ある形質がある機能を担うようになる前に、別の機能をもつ形質として存在していたこと。例としては保温のための羽毛が、飛行のための羽毛になったこと等が挙げられる。

常識的に考えれば創作物であるビーストは後者でしかない。しかしそれではつまらない。ビーストは本当に歩くことが作品としても本質なのか? 歩くことは結果でしかなかった、という事はありうるのか否か? これについては今しばらくビーストの進化を見守りながら考えを遊ばせていきたい。

キャタピラ型ビーストは如何にして移動しはじめたか

Animaris Mulus(アニマリス・ムルス)2017年

キャタピラ型ビーストであるルゴサスも、4種以上の多様なバリエーションをもつブルハス*も、そのほとんどは自力で、つまり風および圧縮空気で移動することはできない。既に述べたように、しっかりと移動できるのはブルハス・セグンダスのいくつもあるバリエーションのうちの一部である**。それ以外はテオか足型ビーストに牽引されるのみである。足型ビーストに負けず力強く移動するそれらより新しく生まれたムルスは、前方***に足を備え、その後ろにキャタピラ部分が長くのびている。足型部分が風を受けて歩くことで一体的に移動する。ある意味、足型ビーストにキャタピラ型ビーストが寄生していると言えるかもしれない。

*今回残念ながらブルハスは展示されていない。  **その他に、最も古いキャタピラ型ビーストであるヴァポリスはよちよちと腹這いで”歩く”  ***前後・頭尾・左右・背腹といった体軸は生物進化を捉える基本的かつ重要な要素である。テオヤンセンも方向性について示唆的な事を述べているがこれについては別途論じたい。

Animaril Uminami(アニマリス・ウミナミ)2017年

しかし、である。足があるから自走できるわけではない。帆があるからである。その疑問へのシンプルな回答が、寄生性から自由生活に進化したウミナミである。前方に足型部分はない。スキッドがあり移動を容易にしている。もし、さらに機能主義的に考えるならば、キャタピラ部分はもはやいらないのでは、と言ってしまいそうになる。移動するためであれば、帆のついたソリで十分である。しかしそうはならないだろう。ビーストの起源であるとされるエッセイ『Strandloper(砂浜の放浪者)』(1990年)ではStrandroller(砂浜ローラー)とDuingraver(砂丘堀り)という2種のビーストが想像/創造されているが、いずれも砂を巻き上げ、砂浜を維持することを目的としている。足型ビーストは必ずしも唯一の形ではないことはこれからも明らかだが、いずれにせよ砂との関わりの強い「歩き」がビーストのエイドスと言えるだろう。

滑らかにただ砂の上を滑るビーストは現れそうもないが(しかし油断もできない)、キャタピラ機構はどのように進化するのだろうか。第二のテオヤンセン機構として統一に向かうのか。それとも複数のキャタピラが生まれるのだろうか。

 

異なるうねり機構をもつキャタピラ型ビーストたち

Animaril Chalibs(アニマリス・カリブス)2018年

これまで「キャタピラ型ビースト」とまとめて紹介してきたが、これらは実際にはかなり異なる集団である。今回展示された5種について言えば、左右にうねるヴェルミキュラスと、背腹にうねるそれ以外は全く異なる。実際の生物を見ても、魚・両生類・爬虫類は左右にうねり、哺乳類は背腹にうねるように違いは大きい。ムルスとウミナミは同じうねり機構を持つが、ルゴサス・セグンダスとは異なる。そしてカリブスとも異なる。5種で4系統もの機構があるのである。まさにブルハム期爆発である(ちなみにテオはヴェルミキュラスとそれ以外の2系統に分けている*。つまりうねり機構を分類形質に用いていない)。

*ただし出版物(出版年)によって微妙に系統樹は異なる。これについては稿を改めていずれ論じたい。

キャタピラ型ビーストの比較(ルゴサス・ペリストパルティスの写真は2009年展のもの)

種名 うねり方向 うねり機構 ペットボトル エネルギー 移動能力

ヴァポラム期

(2001~06)

ヴァポリス 左右 A (有) コンプレッサー
ヴェルミキュラス 左右 B
ルゴサス・ぺリストパルティス 背腹 C (有)

ブルハム期

(2016~)

ルゴサス・セグンダス D 牽引
ブルハス・プリムス D 牽引
ブルハス・セグンダス E

無/

有Evo1/2

牽引/

コンプレッサー/風による圧縮空気

低/

ブルハス・フィラム
ブルハス・トゥブス
ムルス F
ウミナミ F
カリブス・プリムス G 牽引
カリブス・セグンダス
カリブス・テルティウス
カリブス・クァルタス

 

その中でもカリブスは、ビーストの進化上極めて大きな意味を持つ。カリブスではあらたな素材として金属ワイヤが登場している。新しい期の到来と言ってもよさそうではあるが、そうはなっていない。あるいは今後金属ワイヤが多用されれば新しい期として書きかえられるかもしれない。カリブスの姿は小さくて地味だ。しかし実際の生物においても同様であり、真に驚くべき生物は人間の単純な感性では捉えきれない。

金属ワイヤを含めて、キャタピラ型ビーストは今後どのように進化するのだろうか。ムルス、ウミナミ、カリブスのようなシンプルなうねり機構を持ち、風を利用するようになるのか。それともブルハス・セグンダスのような複雑なうねり機構とペットボトルを備え、さらに複雑化するのか。あるいは両方の系統が生き残るのか。それとも両者をあわせもつ系統が生まれるのか。

現在のところ、キャタピラ型ビーストは止まったり、移動方向を変えることはできない。ただ、足型ビーストで採用されているような「スキーストック」を刺したり、別のなんらかの方法で接地圧を変えることで、方向を変えられるようになると想像することは可能だろう。過去のビーストの進化を考慮すれば、実現しないと言う方が難しい。そしてテオヤンセンは以下のようにキャタピラ型ビーストの可能性について述べている。

Worms have the advantage of being scarcely affected by the wind. They are low-lying and stable. Another possible advantage is that they could move from land to water, sticking to the same twisting motion. The recycled plastic bottles could act as floats. They could skim across the surface like water snakes.

Theo Jansen “The Great Pretender 2nd ed.” (2006, 169)

 

バロック化する足型ビースト

Animalis Omunia Segundus(アニマリス・オムニア・セグンダス)2018年

今回の展示では7体の足型ビーストも展示されている。その中でやはり注目すべきは、最も新しく巨大なオムニア・セグンダスだろう。テオヤンセン機構の足、帆、ペットボトル、バルブシステム、水感知システム、ハンマー、尾など、まさにオムニ(全て)の名にふさわしい形質を誇っている。足型ビーストは複数の機構を収めるために次第に大型化してきたが、パイプの材質と径という物理的制約からその成長には限界がある。実際、大きいビーストでも尾などを除く体長は10m程度、幅は2m程度*、全高は4m程度に納まっている。サイズの限界を超えるにはリグナタム期のリノセロスのように材質を変えるしかないだろう。勢い、ビーストはさらに複雑化に向かう。

*この全幅長は通常型の場合。副胴型のシアメシスは4.4m、プラウデンス・ヴェーラは6mとなる。

このようなビーストは砂浜で「生き残れる」のだろうか。確かに高機能なビーストは砂浜で安定的に歩くことができるかもしれない。しかし複雑なビーストは発生に時間もかかり、産仔数も少なくなる(作るのに時間も素材の量もかかり、数多くは作れない)。群集として、そして単位時間当たりにどれだけビーストが砂浜に存在したか(そして人々の記憶に転写されたか)で考えた場合はどうだろうか。

ビーストとテオの未来

その時、ビーストの進化の可能性がひとつ推測できる。複雑化の一方で、新たな生き残り戦略が探られるだろう。多種多様な種が存在することがビーストの生存にとって重要である。そのひとつがキャタピラ型ビーストであるということは、ここまで読み進めてきた諸兄諸姉にはあらためて言うまでもないだろう。

ここでビーストの進化史を振り返ってみよう。1990年から1997年までの4期7年で足型ビーストは基本的な体制を獲得した。続く1997年から2001年までのリグナタム期、またの名を浮気の時代において、足型ではあるが異なる系統であるリノセロスが進化し、一度その放散は飽和状態に達した。そして2001年から2006年のヴァポラム期でキャタピラ型ビーストへの道が探られた。そこで検討されたペットボトルとバルブは、2006年以降、再び足型ビーストをより複雑化させていった。そして10年が経ちそれが頂点に達したとき、ブルハム期の爆発がおき、現在に至っている。

このように、初期足型の7年、リノセロスとキャタピラ型という異形の10年、発展足型の10年、そして再び異形の時代、と大きく区切ることができるだろう。この予測に依るとすれば、今後10年ほどは進化上の挑戦が続くだろう*。そしてそれが終わった時、様々な機構が足型に戻っていくかもしれない。我々は今、極めて面白い時代にいる。

*あるいはもっと短いかもしれない。なぜなら累積的変化によって指数関数的に速度は上がっていくからだ。

しかし、キャタピラ型の確立と、さらなる足型の進化の時代が必ず訪れるとは限らない。テオというバイオスフィアからもたらされる発生と進化のための精神的、肉体的エネルギー、そしてプラスチックチューブの在庫は無限ではないからだ。ストランドビーストが本当に生き残れるかどうかは、テオとオランダの砂浜という環境以外にも生息地を獲得できるかに、いよいよかかっている。

 

参考文献

  1. 『The Great Pretender 2nd ed.』Theo Jansen(2006)
  2. 『Exibition Theo Jansen』電通(2009)※2009年日比谷展示図録
  3. 『Theo Jansen Strandbeest』メディアフォース(2010)※2010年未来館展示図録
  4. 『テオ・ヤンセン ストランドビーストの世界』学研プラス(2017)
  5. 『Strandbeest  The Evolution of the Beest』学研(2018) 
  6. 『テオ・ヤンセンとストランドビースト』 学研プラス(2019)※2019年札幌芸森展示図録
  7. 『テオ・ヤンセン展』 芸術の森美術館(2019)※2019年札幌芸森展示配布資料