既存のものを別の視点でとらえるということ

  • 2010年3月12日
[新世界]透明標本~New World Transparent Specimen~ [新世界]透明標本~New World Transparent Specimen~
(2009/10/15)
冨田 伊織

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国立科学博物館で開催中の「大哺乳類展~陸の仲間たち」のミュージアムショップに透明標本がディスプレイされていました。

昔私も実験のかたわら趣味で作っていたことがあり、へばりつくようにして見ていたところ、光栄にも標本の作者であり本書の筆者である冨田さんにお会いする事ができました。

本書は様々な生物の透明標本の印象的な写真が掲載されています。
冨田さんは北里大水産学部を卒業後、会社や漁師を勤められ、現在透明標本の作製活動を行っているとのこと。
標本の完成度はとても高く、内臓を残したままにしたり、イカを透明標本にしたり、腸にカエルが入っているヘビの透明標本があったりと、なかなか面白いものです。

透明標本自体は昔から研究者の間では、ごく一般的で比較的(基本的には)簡単な方法として知られてきました。
そしてその美しさも多くの研究者に認識されてきたように思います。
なので「なんだ、透明標本か」と言ってしまうかもしれませんが、
その様な態度と、それを研究の手段である標本ではなく、アートとしてとらえ、世に出し、生業とすることの間には大きな違いがあります。
本書には食卓にのる魚の透明標本も各種掲載されています。
冨田さんは「いつも見ているものが、思いもよらない違う姿をしていることを見るのが面白いのではないか」ということをおっしゃっていました。
これは標本をアートとして捉える、という面白さとも相同なものでしょう。

「標本」「アート」といえば、ダミアン・ハーストによる牛などを輪切りにしたホルマリン標本「作品」がありますが、生物標本をそれなりに作製し、見てきた自分としては安易な煽りにしか見えず好きになれません。
冨田さんの「作品」にはそれとは逆に、美しさや繊細さから見る人に思考を促す力があります。
ただ、それは単なる美しい置物ではなく、生きていたものであることを感じなければとも思います。
今後「作品」にどういった展開があるのかとても楽しみです。