メネ・テケル

  • 2011年3月16日

震災等で足止めされていた札幌から16日に東京へ戻る前、空港や駅で足止めされた時のためにと岩波文庫の『山椒魚戦争』を古書店で購入。
文庫なら電池食わないですしね。
ちなみに購入したのは下に表示されている2003年版ではなく1978年版。

山椒魚戦争 (岩波文庫) 山椒魚戦争 (岩波文庫)
(2003/06/13)
カレル チャペック

商品詳細を見る

本書は3部からなります。

本書は3部からなります。

第1部 アンドリアス・ショイフツェリ
新しい真珠採取場を探して航海するヴァン・トフ船長は、スマトラの西、インド洋にうかぶタナ・マサ島の入り江で山椒魚を見つける。彼らは2本足であるき、道具をつかうことができた。ヴァン・トフ船長は彼らと取引をすることを考えるが・・・

第2部 文明の階段を登る
山椒魚はいかにして世界に広がったか、山椒魚シンジケートG・H・ボンディ氏の門番ポヴォンドラ氏のスクラップブックが語る。

第3部 山椒魚戦争
各国の労働者として働く山椒魚はさらに繁殖し、様々な問題を引き起こしていく。そしてついに山椒魚は自らの棲家の拡大を求めて人間と戦争を始める。

—-あらすじここまで———–

大量に増えた山椒魚は、棲家である浅い海を増やすために人間に攻撃をしかけます。
アメリカルイジアナ州、中国江蘇省、セネガル・・と世界各地に激震が走り、大地が割れ、高波となって海がなだれ込むのです。

前から読みたいと思っていたので軽い気持ちで手に取ったのですが、津波の状況と符合する点があり、すこし恐ろしくなりました。

某道民航空の機内にて。

20110316-1

東北は雲で覆われていました。

20110316-2

本書のメインテーマは科学技術というよりは、盲目的な経済原理や国家主義にあるように思います。
山椒魚を愛する一方、一攫千金のために利用したヴァン・トフ船長。
巨万の富を生む山椒魚シンジケートをつくりあげたボンディ氏。
山椒魚を国家拡大の道具とする国々。
山椒魚が人間を攻撃するのに使うとわかっていながら、武器を売るのをやめられなかった各国企業。
そして最後には山椒魚自身も、その拡張主義の犠牲になって滅びることがほのめかされています。

本エントリのタイトル「メネ・テケル」は旧約聖書ダニエルの書第5章にある言葉。
訳すと「数えられた、量られた」となり、「残り治世はわずか、王は資質に欠けている」という意味。
本書のなかでは「Xは警告する」という英国内で流布したビラに引用されています。
人類の時代の終わりはそこまで来ていると。

今回の震災は決して終わりではありませんが、こういった危機の時、何が数えられ、量られたか。
自分自身振り返ると何ともふがいない気持ちになります。

チャペックには『絶対子』という長編もあります。
物質を完全に燃焼させることができる「炭素原子炉」は、膨大なエネルギーだけではなく、人の精神に大きな影響を与える「絶対子」も放出し・・・という内容だとか。
こちらも今読むといろいろ考えさせられそうです。

山椒魚の系統と名称について論争を繰り広げる学者たちや、「有尾目の心理学的研究のための第一回国際動物学者会議」において、山椒魚の脳を切除したり、電気刺激を与えたりする実験を報告する学者が、皮肉っぽく書かれています。

件の会議を傍聴したR・Dという記者は以下のように書いています。
私は、有尾目の心理学的研究会議に参加した高名な先生方がわれわれ門外漢に、アンドリアス・ショイフツェリが持っていると言われている知性が、果たしてどんなものであるか、明白かつ最終的解答を与えてくれるもの、と期待していた。(略)会議ではそんな答えはぜんぜん出なかったばかりか、問題すら提起されなかった。この種の問題と取っ組むには、現代の科学は、あまりにも専門化されているのである。

『山椒魚戦争』が書かれたのは1936年。
人々の疑問とそれに対する科学者の視点・言葉の大きなずれは当時と今でまったく変わっていないようです。

科学者、政府、メディア、企業。メネ・テケル。

 

【付記】
ソルボンヌ大学で生物学も学んだチャペックらしく、山椒魚に関する記述がやりすぎず、それでいておかしくない、よい塩梅の科学的味付けがあってなかなかです。

以下は本書の主人公である知的サンショウウオ、アンドレアス・ショイフツェリの生物学的特徴。
末尾の数字は書内で語られている引用元。

■名称・系統
Andrias scheuchzeri
脊椎動物門 両生綱 有尾目
オオサンショウウオ科(に近いと思われる)(1)
・化石種Andrias Scheuchzeri (下図)と同一の形態をもつ(1)

20110316-3

・新学名をつけるならばCryptobranchus tinckeri erectus、和名:ポリネシアオオサンショウウオ(1)

■形態
オオサンショウウオに似ているが、異なる点も多い(1)
・1メートル余、直立歩行(1)
・前肢は4指、後肢は5指(指の長さ3-4cm)(1)
・バルト海に生息する北方変種は色がやや白く、より直立した姿勢で歩き、頭骨が細長い
・色は識別できない(2)

■生息地・性質
発見地はインド洋東部、スマトラ島の西に位置するタナ・マサ島の「悪魔の入り江」
・海棲。深海では生息できない(1)
・人為的に生息地が拡大され、世界中に生息するようになる
・正確は平和的で攻撃に対して無防備(6)

■生殖
繁殖力は高い
・繁殖期は4月(3)
・発見当初は75-100の卵を産んだが、文明化とともに20-30個に減少
・卵は海藻や岩に産み付けられる(3)
・1-3週間で幼生が孵化(3)
・1年で性成熟(3)
単為生殖をする
・体外受精を行っているかのような生殖行動をとるが、精子は必要ない(4)
 ・精液をろ過した液体でも卵は孵化する(4)
 ・精液や精巣を乾燥し、粉末にしたものでも卵は孵化する(5)

■再生(6)
再生能力が極めて高い
・尾を切断すると2週間で再生する(足でも同様)
 ・7回切断を繰り返しても正常に再生
・足と尾を切断すると30日で再生
・大腿骨や肩甲骨が折られると、その部分で足や手が自切し再生する
 ・目や舌、胃や肝臓を切除しても再生
  ・舌を切除した場合、覚えていた言葉も忘れてしまう

引用元
1)National Geographic Magazine
 P. L. Smith, W. Kleinschmidt, Charles Kovar, Louis Forgeron and D. Herrero
2)Ier CONGRÈS D’URODÈLES
 Prof. Dubosque
3)”The sex life of the newts”
 Interview G. H. Bondy
4)Experiment by Blanche Kistemaeckers
5)Experiment by Abbé Bontempelli
6)”BERICHT ÜBER DIE SOMATISCHE VERANLAGUNG DER MOLCHE”
 Wuhrmann