分岐、逸脱、ダイバージェンス

  • 2012年1月26日
社会言語学入門<改訂版>生きた言葉のおもしろさに迫る 社会言語学入門<改訂版>生きた言葉のおもしろさに迫る
(2009/11/20)
東 照二

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私の所属するS研は今期から人数が増え、ようやく「研究室」っぽくなってきたこともあり、ゼミをやることになりました。
とはいえ、社会言語学、生物学/STS、社会学、メディア論などバラバラな面々なので、とりあえず基礎の基礎を押さえておこうということで、社会言語学の輪読の題材としたのがこの本。

平易な文章で初学者にも読みやすい入門書です。学部生レベルといったところでしょうか。
社会言語学全般について扱っていますが、実例としては著者の研究であろう米国、あるいは米国の政治家に関する研究が多いように思えます。
入門書なので無理からぬところもありますが、どういった調査を行ったのかよくわからない部分や、定説なのかそれとも著者個人の見解なのかよくわからい書き方で終わっている部分もあり。
ま、それは勉強しろってことですね。

私が輪読で担当したのは第4章「言語とコンテキスト:社会言語学の理論」
コンテキスト(会話を取り巻く状況)によって個人の言語使用(単語、発音、内容、ポーズ、話速、話長、文法、非言語行動等)が受ける影響についての4つの理論について書かれています。
・オーディエンスデザイン理論 Audience design (Bell, 1984)
・スピーチアコモデーション理論 Speech Accommodation (Giles, 1973)
・ポライトネスストラテジー理論 Politeness Strategy (Brown & Levinson, 1978)
・力と仲間意識理論 Power and Solidarity (Brown & Gilman, 1960)

これらは相反、対立する理論というわけではなく、異なる側面から言語使用の変化を説明する理論ですが(それぞれの理論の関連や、統合する理論の可能性については本書は言及していない。そもそもないのかもしれないが)、私が特に興味を持ったのはスピーチアコモデーション理論です。
これは本書によると「人は相手に受け入れられるために、スピーチスタイルを相手に近づけようと調整する」という理論です。

アコモデーションは本書ではそのままカタカナ語で書かれていますが、調整、適応、応化と訳す場合もあるようです。正式な訳語の規定はどうなっているのでしょうか?
さておき、アコモデーションには大きく分けて二つの調整があるとしています。

一つはConvergence(集中)であり、これは相手の話し方にあわせる調整です。
もう一つはDivergence(逸脱)であり、相手の話し方から離れる調整です。

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コンバージェンスにはUpward Convergence(上向き集中)と呼ばれる、上司など社会的地位の高い方向への集中と、Downward Convergence(下向き集中)と呼ばれる、子どもや外国人との会話や児童小説のような、社会的地位の低い方への集中があるとしています。
私の理解では、社会的に上とか下とかはおそらく本質的ではなく(そもそも何が上下なのかわからん)、一つの方向にのみコンバージェンスするのではなく、コンバージェンスにはいろいろなベクトルがある、ということを理解しておくべきということでしょう。

一般的にコンバージェンスは肯定的に受け止められるアコモデーションなのに対し、ダイバージェンスは否定的な反応として現れるとされ、例としてウェールズ語を否定するイングランド人に対して、ウェールズ語訛で返答するようになるウェールズ人といったように、相手の見解の拒否、自らの立場の強化などを意味する行為だとされています。

ダイバージェンスについては本書では「逸脱」と訳しており、この訳語にはすでにその否定的な意味あいが含まれているような・・・「逸脱」というと何か従うべき理想形があり、それから外れている、というようにも思えてしまいます。

一応本書でも否定的な反応以外としてのダイバージェンスもあると述べており、例として、助けを得やすくしようとして、急になまりのある英語になる在米外国人の行動を挙げています。アグネスチャンみたいなものでしょうか。

ここからは本書とは関係ないまったくの素人私見ですが、ダイバージェンスは肯定的(これも極めて主観的な尺度だが)な役割も含め、もっと多様な機能があるように思えます。それは二言語間といった大きなレベルのアコモデーションではないでしょうが。

ちなみに余談ですが生物学でもConvergenceとDivergenceという用語があり、Convergenceは「収斂」、Divergenceは種が分化していくことについては「分岐」、初期発生における細胞の運動については「拡散」とされています。

ネットを巡っていると以下のような文献がありました。
社会心理学におけるコミュニケーション・アコモデーション理論の応用(栗林、2010)
コミュニケーションアコモデーション理論 (Giles et al., 1987)はスピーチアコモデーション理論を発展させた理論。
その中ではコンバージェンスとダイバージェンスだけはなく、Maintenance(維持)というそれぞれの言語使用が変わらないまま維持される調整もあると書かれていました。他にもアコモデーション理論について簡単に整理されていて参考になりました(原著をさっさと読めという話ですが・・・)。

私がアコモデーション理論に興味を持ったのは、もともと異常再生のような通常とは異なった現象(こちらのエントリを参照)に着目した研究に関心があるため、Divergenceといった概念が目に付いた点もありますが、実際にどのように変化するのか、という観測・比較可能な言語的な変化にもとづいた実証可能な理論(仮説)のように思えたからでもあります(エラソウ)。

ダイバージェンスでありながら、それが相互にとって中立、あるいは相互にとって「良い」と見なされる状況があるのではないか、というのは素人の直観ですが、なかなか面白いテーマなのではないかと思われます。

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