ミミズの話はまだ続く

  • 2010年9月23日

時間があり、ふと立ち寄った書店で発見。
手に取りやすい場所に面陳されており、おおっ!?とすぐ手に取りました。

装丁が白に赤字でミミズっぽい。
ミミズのイラスト部分が光沢になっていて光っているのがミミズっぽい。

ミミズの話 ミミズの話
(2010/08/04)
エイミィ・ステュワート

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本書は園芸家のAmy Stewart氏による”The earth moved: On the remarkable achievements of earthworms”(2004)の翻訳本です。

ダーウィンのミミズ研究や、シマミミズ Eisenia foetida やいわゆるアカミミズ Lumbricus terrestris といった中型の土棲ミミズと、それらによる土壌形成の話を軸としている点は、従来のミミズ本と同じではあります。
しかし、ところどころに挿入された自らの庭やコンポストの話から、ミミズの生態や形態に話が展開する流れは、色とりどりの庭や生活の情景がイメージできて、ガチガチの理系書にはない雰囲気を与えています。
一方でミミズ研究者とのやりとりもあり、研究者の情熱、ユニークさも伝わってきます。

また、本書では外来ミミズの侵入により森林が育たなくなる場合があることにも触れている点もとてもよいです。巷には「ミミズ=土を作るよい生きもの」という「良い」イメージが先行している気がしますが、
ミミズは「土によい」「自然にやさしい」のではなく「土壌に非常に大きな影響を与える」というのが正しい認識でしょう。

最終章では、大規模な廃棄物処理でのミミズ利用にも話が展開し、それらのミミズの家畜化による進化の可能性に軽く言及しているのは、ダーウィンの研究を一つの軸にしている本書としては当然の流れであり、しっかりとした本になっていると思います。

しかし、小型ミミズの再生研究をやっていた身としては、どうしても細かいツッコミをしてしまう部分も少しあります(こういうのを要らぬお世話という)。

まず一点は再生の描写について。
本書のp.109には以下のようにシマミミズの尾部再生が記述されています。

ミミズの尾部の体節をいくつか切り落とすと(中略)傷口が開いたまま、そこから細い尻尾の体節が生え(以下略)

再生においては傷口の治癒がまず起こり、傷口は閉じるのが普通です。
もちろん完全に治癒してしまったら、新しい尻尾が再生する事もありませんし、場合によっては瘢痕のようなものになってしまいます。

ただしこれは訳文ですし、簡単な記述ですので、これはそれほど目くじらを立てるような事ではないかもしれません。

次の一点は、再生研究の歴史についての記述です。
本書のp.112には以下のように書いてあります。

ミミズの再生能力についての記述をさかのぼると、ほぼダーウィンの時代にまで行き着く。20世紀初頭に、何人かのミミズ学者が再生実験に関する論文を発表している。

しかし、実際にはミミズ再生の研究は20世紀初等にとどまらず、さらに18世紀中ごろまで遡ります。

18世紀前半に、生物に人為的操作を加えてその変化を観察するという実験生物学の基礎が、レオミュール (Rene-Antoine Ferchauld de Reaumur, 1683-1757 仏)によって形作られました。
レオミュールはザリガニの鋏の再生の実験を行いましたが、資産家でもあった彼は多くの人間を指導、援助しています。

その1人がボネ (Charles Bonnet, 1720-1793) で、1741年に淡水ミミズの切断断片が頭尾を再生することを観察しています。ボネは生物学史では前成説で、医学ではシャルル・ボネ症候群で有名です。

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上図)ボネによるミミズの再生実験(1744) (種は不明。オヨギミミズの仲間か?)
C) 頭尾の再生。D) 尾の再生。E) 頭部側方に形成された異常再生芽。F, G) 短い断片からの再生。

谷津直秀「生物学史」(岩波書店,1932)に転載されたもの

また、ボネと交流のあったスパランツァーニ(Lazzaro Spallanzani, 1729-1799 伊)は1768年にさまざまな動物における再生に関する論文を発表していますが、この中でミミズ(シマミミズ?)の再生についても報告しています。
特記すべきは初めて前側にも尾が生えてしまう両尾再生、つまり異型再生(本来とは別の構造が再生する現象)を観察したことです。
ちなみにスパランツァーニは自然発生説の否定実験やカエルの受精実験などで有名です。

大分時代が下りますが、他にも生物学の有名人もミミズの再生研究をしています。
ショウジョウバエで遺伝学の基礎を築いたモーガン (Thomas Hunt Morgan, 1866-1945 米)は、上述のスパランツァーニが報告したミミズの両尾再生現象を追試して確認しています (1899)。

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上図)モーガンによるスパランツァーニの両尾再生の追試(1899)
Fig. 1-4, 7-9) 前方に再生した尾。Fig. 5) 前方に再生した頭。Fig. 6) 後方に再生した尾。
Morgan, 1899より転載 けっこうお上手な絵ですね・・・

ということでダーウィンだけでなく、ボネ、スパランツァーニ、そしてモーガンと、生物学の巨人たちがミミズの再生研究を行っているのです。そしてその歴史は20世紀よりももっと古いものなのです。

とは言え、本書「ミミズの話」に

ダーウィンの著書が出版されてからにわかに盛んになったミミズ研究も、20世紀半ばには下火になり(以下や略)、

とあるのは確かに正しい面もあります。

モーガンを例にとると、彼はミミズの各体節の電位を測定し、再生能力との関係を探ろうとしました (1904)。また、彼はミミズだけではなくプラナリアの再生研究もしていますが、どちらも当時の知見と実験方法ではあまり目覚しい結果は得られませんでした。その後モーガンは遺伝学に身を投じていく事になります。

モーガン以降も再生研究は行われていましたが、それほど盛んには行われていません。
再生のメカニズム研究はここ10年くらいでかなり進んできていますが、それはプラナリアやヒドラなどの一部の生物に限られており、より複雑な体制をもつミミズの再生研究はまだまだというところです。

その原因の一つはあまり再生能力の高くないシマミミズなどを使っているからでしょう。
再生が遅い、再生したものもあまり完全ではない、というのでは実験としては扱いにくくなってしまいます。

小型ミミズの中には、傷を治す能力としての再生だけではなく、増殖の手段として再生をもちいる種もいます。
私が以前研究していたヤマトヒメミミズもその類で、体が複数の断片に別れて、それぞれが約6日ほどで頭と尾を完全に再生して無性的に増殖します。

ヤマトヒメミミズは1993年に記載された新しい種ですが、再生能力の高いミミズは他にもいます。

ヤマトヒメミミズは1993年に記載された新しい種ですが、再生能力の高いミミズは他にもいます。
水棲の小型ミミズであるウチワミミズ Dero limosaは高い再生能力をもっていますが、後ろ側も頭になってしまう両頭再生が報告されています。私もヤマトヒメミミズで断片の両側に頭が生えてしまう現象を研究していました。

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上図)ウチワミミズの3-4体節断片からの両頭再生
後方頭部は体節数が少ないと報告されており、ヤマトヒメミミズと同じである。
Hyman, 1916より転載

と、つい長々書いてしまいましたが、シマミミズなどの中型の土棲ミミズだけではなく、小型のヒメミミズや、淡水に棲むウチワミミズやミズミミズ、オヨギミミズ、氷河に棲むコオリミミズなど面白いミミズはたくさんいます。そして明らかになっていない現象もたくさんあります。

本書「ミミズの話」の軸は「土」なので、再生の話が薄いのは当然ですが、まだまだミミズの話で本を書く余地はあるな、と思いました。