公衆衛生学会で講演

10月30日、第83回日本公衆衛生学会の教育講演で「科学技術コミュニケーションの必要性と可能性」と題してお話させていただきました。釈迦やらキリストやらアッラーやらその他大勢に説法の気が激しくしましたが…

公衆衛生学会は科学/リスクコミュニケーション関連の発表が非常に多く、非常に参考になる学会です。研究手法も量的分析だけではなく、数は少ないものの質的分析もありますし、事例報告もあります。公衆衛生分野のさまざまな専門家が集まっているという点でも学際的です。去年はM2のMadelさんのポスター発表ということで参加をして、今年は2回目となります。

会場は札幌コンベンションセンター(口頭発表・講演等)と隣の札幌市産業振興センター(ポスター発表)
学会長はいろいろお世話になっているT腰先生

講演では、科学コミュニケーションの基本的な考え方などを、特に公衆衛生関連の事例を通してお伝えしました。公衆衛生分野の科学コミュニケーション分野の交流がおきれば、という意図です。以下は抄録原稿。

公衆衛生と科学技術コミュニケーションには、非常に強い結びつきがある。科学技術コミュニケーションとは、「(科学側のアクターが)正しい科学の知識を一般市民にわかりやすく伝える」と矮小化されて理解される場合がある。もちろんそのような活動も科学技術コミュニケーションの一角を占めるが、それはごく一部であるし、そのような活動が本当に適切かを省察する必要がある。
公衆衛生を例にとれば、パンデミックにおける行動制限やワクチン接種はまさに科学技術コミュニケーションの問題である。どのような病原体がどのような症状を人体に及ぼすのか、どのような感染性をもち、広がっていくのか、これは科学の問題である。とはいえ新興感染症で科学的検討が途上であれば、現時点で得られている知識の不確実性は高くなる。また、感染症対策の一部のウイルス研究は悪用・誤用によって社会に甚大な負の影響を与えるデュアルユース性の懸念のある研究とみなされる場合もある。このように科学は常に固定的で「正しい」ものでは決してない。
そして感染症対策は、科学のみによって科学者コミュニティが決定するのではなく、選挙等の正統的プロセスを経てその立場にある政治コミュニティが、科学的助言を受けた上で、経済や社会的背景をふまえて判断をする。そして、多様な価値や立場をもつ個々人が、様々な人や情報に囲まれた環境のなかで意思決定をしていく。
このような状況を踏まえれば、「正しい知識をわかりやすく伝える」“だけ”では、問題は解決しないということは自明であろう。コミュニケーションは単なる伝え方の問題ではなく、文脈をつくり出す社会の諸制度の問題であり、科学以外も含む様々な知識体系・価値との融合の問題であり、科学者と行政担当者、科学者とメディアといった多様なアクターのネットワークの問題である。目を向けるべきは「一般市民」だけではない。
こういった構造をもつ問題群を内包しているのが公衆衛生分野であろう。したがって本学会員にあらためて科学技術コミュニケーションについて語るのは釈迦に説法かもしれないが、欠如モデル、ポストノーマルサイエンス、オーディエンスデザイン、イマジナリーといった概念を用いながら、改めてその必要性と可能性について整理したい。

 

学会では東工大時代からの朋友アミール偉さん(福島県立医大)や、CoSTEP修了生の福島篤さん(北海道理学療法士会)と再開できたのも良かったです。学会の良さはこういうところにありますね。

アミールさんは連名で「福島原発事故後の風評払拭を目的とする「ぐぐるプロジェクト」参加者へのインタビュー」を、福島さんは連名で「札幌市における試行的取組 フレイル改善マネジャーによる効果的な支援方法の検討」を発表していました。

時計台にて朋友アミールさんと

以下は興味深い発表(の一部)

  • 公衆衛生の緊急事態におけるリスクコミュニケーション教育の動向
    京都大学公衆衛生大学院におけるリスクコミュニケーション教育の紹介
     中山健夫(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野)
    內閣感染症危機管理統括庁におけるリスクコミュニケーションに関する取組
     蝦名 玲子(京都大学大学院医学研究科健康情報学分野)
    国立感染症研究所の教育体制
     齋藤智也(国立感染症研究所感染症危機管理研究センター)
  • SNSを活用した結核リスクコミュニケーション: ベトナム移民の保健行動に関する検討
     李 祥任(公益財団法人結核予防会結核研究所臨床疫学部)
  • ヘルスプロモーションにおける生成系AI活用の現状と展望
     松田和己、佐野智哉、樋口雄大、大磯義一郎
  • インフォデミック・マネジメントのための実務者向けマニュアルの作成
     加藤美生、益田聖子、齋藤智也、冨尾淳
  • 地方自治体の健康危機に関するリスクコミュニケーション (29PM220) の計画・体制等の実態調査
     冨尾淳、奥田博子、中里栄介、豊田誠、竹田飛鳥、 加藤 美生、齋藤智也、和田 耕治
  • MPHのコンピテンシー: 日本モデル作成の経緯と今後の 公衆衛生大学院教育
     井上まり子(帝京大学大学院公衆衛生学研究科)
  • 公衆衛生系大学院教育をめぐる連携と議論の現状
     橋本 英樹(東京大学大学院医学系研究科)
  • 筑波大学公衆衛生学学位プログラムにおけるコンピテンシー教育と達成度評価
     我妻ゆき子(筑波大学医学医療系)