「フィクションが創造する生命」を執筆

『合成生物学ハンドブック』の第4編第2章「合成生物学と社会」に「フィクションが創造する生命:想像と意図の両義性」を執筆しました。本書では以下の古典的戯曲・小説等の「フィクション」を扱い、そこから見出される、生命への介入に対する社会的想像のモデルをまとめました。本書の主な読者であると思われる理系学生等に、広い視点で合成生物学を見るきっかけになってもらえればと思い書いた一編です。

・各種の神話 ※厳密にはフィクションに位置づけられない
・ゴーレム伝承
・ホムンクルス伝承と『ファウスト 第2部』(ゲーテ 1833)
・『フランケンシュタイン』(シェリー 1818)
・『モロー博士の島』(ウェルズ 1896)
・『巨大微生物の侵略(Une invasion de macrobes)』(クーヴルール 1909)※未邦訳
・『ロボット(R.U.R.)』(チャペック 1920)

以下の作品については、当初十分に記述する予定でしたが、大幅に文字数を超過するので、ごく簡単にふれるのみにしました(それでもちょっと文字数オーバー。本書が電子版なのでお許しいただけたかなと・・・)。

・『霧笛』(ブラッドベリ 1951)とアトミックモンスター
・『ブラジルからきた少年』(レヴィン 1976)
・『ニューロマンサー』(ギブスン 1984)
・『ジュラシック・パーク』(クライトン 1991)

フィクション作品における生命創造の想像モデル

本稿は、これまで取り組んできた、病原体研究や合成生物学など先端生命科学のデュアルユース問題の研究の成果としても位置づけられます。特に、2023年にSTS学会で組んだオーガナイズドセッション「フィクションはデュアルユースの夢/悪夢を見せるか?」で扱ったテーマが下敷きになっています。不確定な現在と、不確実な未来についての問題であるデュアルユース問題を理解するための窓口として、フィクションは有用か?という割と自由な発表でした。さらにさかのぼれば「物語の中の北大」もフィクションに着目するアプローチの源流として位置づけられるでしょう。

昨年の夏の終わりに木賀先生に執筆のお誘いをいただいたときに、すでに他の錚々たる執筆者の方々が、デュアルユース問題やガバナンス、科学技術コミュニケーションについて担当されると聞いて、私が書けることはあるのか・・・と考え、思いついたのが上記のネタです。2023年STS発表の落とし前をひとまずつけられて良かったと思います。なお本書で特に直接関係ある論考としては以下があげられます。

第2節 合成生物学と現代芸術 岩崎秀雄
第3節 研究者の科学コミュニケーション実践 小宮健・太田努・竹下あすか
第6節 歴史の中の合成生物学 林真理
第8節 合成生物学への社会的期待 見上公一・村瀬泰菜
第13節 将来技術に関する予見的な議論―鏡像生命を例に 藤原慶

フィクションを切り口・テーマとした科学技術コミュニケーションは単純に面白いですし、実際にSFを用いた実践などもあるので、研究テーマにはもちろんなりえます。が、現実の問題や過去を直視せず、ひとっとびにフィクションや未来の話に遊離していってしまう危うさがありますし、文学批評ではなく「研究」として位置づけるには越えるべきハードルがあると考えています。

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