赤い映画レビュー:カンダハル~怒りの大脱出

カンダハル~怒りの大脱出~ [DVD] カンダハル~怒りの大脱出~ [DVD]
(2011/11/02)
アレクサンダー・バリュー

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実話を元にした2010年のロシア映画。
サブタイトルに「怒りの大脱出」とありますが、別にランボーのようには怒りません。
ロシア戦争系映画のDVDは、オリジナルとかけ離れた邦題と仰々しいジャケットをまずはタノシムものです。
看板と違う!などと怒ってはいけません。

原題は “Кандагар -Выжить, чтобы вернуться”(カンダハル-生存と帰還)

この映画は1995年、内戦中のアフガニスタンに「物資」を輸送していたロシア人民間パイロットがタリバンに長期間拘束された事件をもとにしています。
日本版DVD収録時の問題か、映像が若干粗い気がしますが、役者もストーリーもカメラも映画として十分楽しむことができる作品です。

映画は、以下5人の飛行士がアフガニスタンのバグラムへ砲弾を空輸するためにトルコから飛び立つシーンから始まります。
 ベテランで慎重派の機長ウラジーミル
 挑戦的な副操縦士のセルゲイ
 故郷の家族を気に掛ける機関士ヴァクーラ
 賭け事好きの若い通信士ヴィクトル
 寡黙な航法士アレクサンドル

彼らの機はアフガニスタン上空でタリバンの戦闘機によってカンダハルに強制着陸させられ、長い拘留が始まります。

ここでメリケン映画なら、仲間内で激しく対立した後で熱く結束、派手なアクションをぶちかまして大脱出、となるところですが、残念ながらロシア映画なのでそんなことはありません。
しょうもないことで争い、なんかいやーな雰囲気が漂う…、と思ったら酒の力でいきなり大盛り上がり。実にロシアらしい。
主演のアレクサンドル・バリュエフ演じる黙々と耐える男ウラジーミルの怒りは他者にのみ向かう怒りではなく、忍耐と悲しさが混じった感情であり、それだけに決断のシーンには力が入ります。

ロシアの虜囚映画では「コーカサスの虜」が白眉ですが、この映画に顕著に表れているように、虜囚映画のテーマの一つは仲間内の対立と敵との交流にあります。
「カンダハル」では「敵」との交流はあまり目立ってはいませんが、さりげなく、それ故に重く描かれているように思えます。

一人は5人を強制着陸させたMiG-21Uのパイロットのアデル。
彼はウラジーミルと旧知の仲で、ソ連国内でパイロット訓練を受けたことが会話の中で語られています。ロシア語もペラペラ。彼はウラジーミルにタリバン兵に航空機の操縦を訓練するように半ば強制します。
おそらくアデルはかつてはアフガニスタン人民政府軍のパイロットであり、ソ連にわたってウラジーミルと、あるいはウラジーミルに訓練を受けたのでしょう。そして政府崩壊後、タリバンに加わったのだと思われます。

もう一人はロシア語通訳のミーシャ。
彼の本名は明かされません。ミーシャは愛称です。
彼はタリバンによる処刑に強い憤をあらわにし、そしてこのミーシャが5人の脱出に関わってきます。
ロシア語を話せるということは彼はインテリであり、あるいはかつては政府軍側の人間だったかもしれません。
動乱のアフガニスタンでの人間模様が垣間見られます。

ということで「カンダハル」は典型的な虜囚映画と言えますが、飛行機映画でもあります。
もう一方の主役は5人の乗機であるIl-76″キャンディッド” RusTransAVIAextransport 842機です。

私的には飛行機映画の醍醐味は、空を自由に飛べるはずの飛行機が飛べない、という点につきると言えます。
自由な空と不自由な地上をどうコントラスト鮮やかに描き、それによって離陸のカタルシスを最大化するか、が飛行機映画なのです。
氷原に降り立った「ファイアフォックス」然り、アラスカの基地に着陸した「ステルス」然り。

Il-76の離着陸と地上のシーンは本物を用いているようですが、飛行シーンはCGのようです。
巨大な主脚を90度横にひねって巨大なバルジに引き込むシーン、機種下の観測窓からのぞく滑走路やアフガンの大地がIl-76ならではの映像で、映画の見どころの一つでしょう。
この重々しい輸送機が1年後に空に飛び立つというのですから否が応でも盛り上がります。高地での離陸の難しさもちょっと描かれていて意外と細かい。

他に「カンダハル」に登場する機体には既述の強制着陸役のMiG-21Uがあります。
これもアデルと同じく、かつてはアフガニスタン人民政府軍の所属だったものがタリバンにながれたものでしょう。
飛行場には3機が確認できました。

5人が滞在している街を低空から爆撃する機体としてSu-22も登場します。CGですが迫力はあります。
ラバニ派(マスード軍)かドスタム将軍派の機体でしょうか。

他にはタリバンの装備としてBTR-60、ZSU-23-2も登場。

閑話休題
実話では、1995年8月3日にIl-76が乗員7名とともに拘束され、378日後の8月16日に脱出に成功しました。細かい点で事実と異なる点もあるでしょうが、脱出に成功する点は映画でももちろん同じです。
本作は派手さはありませんが、少し昔のロシア映画のように、最後にあっさりと主人公が死んだりする無常感もなく、娯楽作としてもバランスのとれた作品です。

しかし、この映画からは娯楽作以上の意味を見出すこともができます。
アフガニスタン紛争、ソ連崩壊、アフガニスタン内戦という大きな時代の流れの中で、アフガニスタンで従軍していたアレクサンドルを、タリバンになったアデル、ミーシャを、そしてロシアが困難な時代に稼ぐために危険な空輸を請け負った5人を捉えると、単なる脱出劇以上の大きな脱出劇が見えてくるように思えます。

—「カンダハル」年表——————-
1989年 ソ連のアフガニスタン撤兵
1991年 ソ連崩壊
1992年 ソ連の支援を受けていたナジブラ政権の崩壊
      タジク人中心のラバニ政権・北西部ウズベク人を中心としたドスタム将軍派、南部のパシュトゥン人中心のヘクマチアル派による内戦へ
1994年 タリバン、パキスタンからアフガニスタンへ進出。11月、カンダハルを制圧
1995年 アフガニスタン南部一帯をタリバンが制圧
      8月3日、ロシア機強制着陸
1996年 首都カーブルをタリバンが制圧
      8月16日、ロシア機脱出、アラブ首長国連邦に着陸。8月18日ロシアに帰国。