赤くない映画:バトル・オブ・リガ

バトル・オブ・リガ [DVD] バトル・オブ・リガ [DVD]
(2009/05/02)
ジャニス・レイニス、エリータ・クラヴィーナ 他

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2007年ラトビア作品 原題は”Rīgas sargi”(リガの守護者)

日本ではあまりなじみのない二つの大戦、二つの大国のはざまでのラトビア独立戦争の一部を描いた作品。
グダグダの映画では・・・と期待(?)しながら見始めたのですが、予想に反して安っぽさもあまりなく、映画としては普通にみられる作品でした。
ただ、内容に関してやや史実をすっ飛ばしすぎなのでは・・・と思う点もあります。

【あらすじ】
ロシア帝国支配下のラトビアに暮らすマルティンは、ラトビア人部隊設立にラトビア独立の夢を託し、婚約者のエルザを残して出征する。1918年、一応の独立を果たした母国に帰国したマルティンだったが、長年会えなかったエルザとの関係はぎこちない。そして、ラトビアの情勢も不安定なものだった。敗戦後も駐留しているゴルツ将軍率いるドイツ軍は反ボリシェビキのベルモント大佐のロシアコサック部隊と結び、リガを攻略しようとする。マルティンと仲間たちは独立を守るために徹底抗戦に挑む。

マルティンと仲間たちが大統領のカールリス・ウルマニスと顔見知りだったり、妙にスモールワールドなところもありますが、基本的には(あくまで基本的には)史実にのっとった映画です(ウルマニスもびみょーに似ている)。

マルティンとエルザのやりとり、市井の人々の生活などを経て彼らの戦いが描かれており、この映画の主目的は祖国を守ることの重要性を伝えることのように思えます。

しかし時代背景がわかっていないと、そのメッセージもなかなか理解しづらく(別に日本人にわからなくてもよいかもしれないが)、また映画なので仕方がないとはいえ、史実をやや省きすぎているきらいも。
つまり端的に言うと微妙にプロパガンダ臭い。
気になったので少し調べてみました。

■ラトビアをめぐる三つ巴の争い
ラトビアはロシア帝国の支配下にありましたが、帝政ロシアは第一次大戦中の1917年11月におきたロシア革命により崩壊。そして1918年3月のソビエト政府とドイツとの間のブレスト・リトフスク条約によって、ソビエト政府はラトビアを放棄し、ラトビアはドイツの手に落ちることになります。
しかしそのドイツも1918年11月に連合国に降伏、ラトビアは独立を宣言します。
12月にはウルマニスを首班とするラトビア政府に一応は主権を移譲しますが、そうは問屋が卸さない駐留ドイツ軍。司令官のルディガー・フォン・デア・ゴルツ将軍は敗戦をよしとせず、ラトビアに駐留し続けます。

と、ここまでは映画でも概ね語られていますが、実際ラトビアは連合国の後押しを受けたウルマニスの勢力だけでなく、アンドリウス・ニエドラを首班とする駐留ドイツ軍と結んだ親ドイツ派、そしてソビエトロシアと結んだペトリス・スツカ率いるボリシェビキがいました(英語版Wikipediaによる)。


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[ボリシェビキはエストニアの大部分である東部・北部、ドイツ派は西部リバウ(リエパーヤ)が拠点]

実際、ボリシェビキは1919年1月にリガを攻略し、ウルマニス派はリエパーヤに移っていますが、映画ではこのボリシェビキが全く登場しません。また、ゴルツ一派はドイツ軍人とベルモンドらロシア人のみで描かれており、ラトビア人は見当たりません。
ラトビア人も分裂していた描写が全くないので、結果的にラトビア唯一の政府はウルマニス派であり、彼らに正統性があるという描き方になっているように思えます。
(追記:再見してみたら、冒頭でウルマニスが側近に「ニエドラ」と呼びかけていたことを発見。劇中でウルマニスとニエドラは意見を対立させながらも、官邸でほぼ行動をともにしているのですが、これは史実どおりなのか・・・?詳しい方がいたら教えていただきたいです)

■ラトビアと干渉戦争
ボリシェビキがリガを占領していた同時期の1919年2月には、同じく独立したポーランドがウクライナ、ベラルーシ西部、ポーランド東部、ラトビア東部に侵攻し、ソビエト政府とのあいだにポーランド・ソビエト戦争を始めています。
また、1918年8月にはロシア北西部では英米濠がアルハンゲリスクを占領、トルコ・イラン方面からは英が侵出、ロシア東部からは米日がウラジオストクに上陸を行い、反ソビエト勢力を支援し、ソビエト政府に圧力をかけています。

このように、当時ソビエト政府に対する干渉戦争が各地で行われており、ラトビアにおいても連合国はボリシェビキに対抗するため、ドイツ軍に撤退を遅らせるように要請しています。

一方のドイツはロシア帝国なきあと、ラトビア・エストニア・リトアニアのバルト三国に傀儡国家「バルト連合公国」をつくることを目論んでいましたが敗戦で頓挫。しかし駐留ドイツ軍司令ゴルツはさらに斜め上をいく構想があったとか。
ラトビアのボリシェビキ、さらにはソビエトロシアを打倒した後、モスクワに親ドイツロシア政府を樹立し、その連合をもってドイツ共和政府とフランスを倒すというのがそれ(Lパスカル『バルト三国』白水社1991)。

1919年5月にウルマニス派はリガをボリシェビキから奪回しますが、この間、ゴルツ軍とウルマニス派は反ボリシェビキということで、一時的に共通の目標を共有していたわけです。

しかしゴルツ一派はクーデターを引きおこした末、6月にウルマニス派との戦闘に敗れ、連合国からは撤退を要求されます。
(で、ここからは映画で語られますが)そこでゴルツは連合国に対する隠れ蓑にするため、パーヴェル・ベルモント・アヴァロフを指揮官とする反ソビエトの西部ロシア義勇軍と結び、ソビエト政府を討つためにリガを通過する、という名目で1919年10月にリガに侵攻します。

11月30日のドイツ・ロシア軍のラトビアからの撤退で終わったこの戦闘では、イギリス艦隊の支援もありましたが、それについても映画では省略されています。

■さておき
映画のラストでは「1919年11月11日は“熊退治の日”として記念されている」と流れます。
時間に制約のある映画ですし、ドキュメンタリーではないので上記の事はそんなにつっこむことではないかもしれませんが、大国と複雑な情勢に翻弄されつつも熊退治に至ったことを描くのは、重要なことに思えます。

まぁそもそも軽く見られる娯楽作的に作られているので、これでいいのかもしれません。
とはいえ(しつこい)、戦いのラストが殴り合いというアメリカンなテイストにびっくり。
てっきり全員死亡で「彼らは祖国のために戦い、そして散った・・・劇終」という結末かと思ったのですが。

近年の作品なので、なんとも言えないかもしれませんが、ここらへんはラトビアをはじめバルト三国の人々とロシア人のメンタリティの違いなのかもしれない、と思ったりした一本でした。
(そもそもロシア人と比べることにラトビアの人は怒るでしょうが・・・)