科学技術史特論2018-10 機密分類システムを横断するモンスター

今回は、”A Web of Prevention”の11章、ブライアン・バルマーによる “How Does Secrecy Work? Keeping and Disclosing Secrets in the History of the UK Biological Warfare Programme”(機密はどのように機能するのか? 英国の生物戦計画の歴史における機密保持と開示)。発表はMさんでした。

 

この章では、機密の保持secrecyと透明性transparency(意図的な公開)という側面と、意図せざる機密の漏洩という、ふたつの側面から機密をまとめています。英国の事例として、1942年の炭素菌兵器実験や、はしけ船上で生物兵器の実験を行っていた1952年のOperation Cauldronが取り上げられていました。前者では、周囲の牧場の羊に影響がでたことを、ギリシャ船のせいだという噂(ひでえ!ギリシャの立場は!)を流して機密を保持。後者では漁船が機密区域に入ったもののあえて放置して追跡。漁船のオーナーには別の機密情報を見たためと説明したり、病気になった場合は肺炎だと説明することになっていたなど、どちらも知らなかったので興味深い。

探すと動画がありました↓

 

さておき、興味深かったのは、機密レベル分類システムとデュアルユース概念の関係について論じた部分です。

英米では、Top Secret(最高機密)、Secret(極秘)、Confidential(秘)Restricted(取り扱い注意)、Unclassified(公開)に分けられます。この分類は重要な役割を果たしていますが、英国と米国では基準が異なっていたり、国際共同研究をする場合自国の基準だけで決められなかったりというずれが生じます。特にデュアルユースの問題では以下の問題が生じると書かれています(Bouker and Starr, 1999)。

In this scheme, any dual use science that is at once unclassified and top secret would, to use Bowker and Starr’s terminology, be a “monster” transgressing the neat bureaucratic categories of the scheme.

ボウカーとスターの言葉を用いれば、公開と最高機密に分類されうるデュアルユース科学は、こぎれいで官僚的な機密分類システムを横断する「モンスター」になる。

このモンスター性こそがデュアルユースをガバナンスすることが非常に難しい原因となるわけです。

 

発表後のディスカッションでは以下のような論点がでました。

  • 情報手段が発達した現代では、かつてのような噂の利用による撹乱、機密の保持は有効なのか?

→カウンターの能力も上がっているかもしれないが、現代においてもSNSを用いたコントロール等が知られており、それほど楽観できないだろう。

  • 適度な情報公開は、機密保持に効果があるとされ、実際にそのような操作がなされているだろう。そうすると、なんらか情報が公開されているとしても、一方でそれは公開されていない情報があることを示しているかもしれない。しかし、何が公開されていないのかを知る事は難しい。本来機密にすべきではないような情報があるかもしれないが、どうすべきか。

→そのような情報は、専門性の点では専門家、それも内部の専門家しか知り得ないだろう。外部の役割としては、中間的・周辺的専門家の存在が重要。内部の人は記録を作成し歴史的な検証を可能にしておく責任がある。

  • アカデミアにおいて機密レベル分類のような考え方はあるのか

→論文公開前の秘匿はあるが、プライオリティ優先で、内容の機微に依存した基準ではなく、研究者やアカデミア自身が主体となる。ただし産学連携だと特許などがからむと公開を秘匿することがある。とはいえ近年ではNSABBの勧告などデュアルユースに関わる内容だと差し止めもある。また外為法などによる規制もある。リスト規制は従来型の技術や製品を指定した規制だが、キャッチオール規制は相手や使用状況によって規制対象が変わる。後者はデュアルユース技術に対応するためにうまれた分類システムとも言えるだろう

 

次回は化学・生物兵器に関する輸出管理を扱っている章なので、今回のディスカッションとつながりそうです。