コオリミミズを見たので、ついでにコオリミミズについて気になる記述がある本を一冊紹介します。
ウソの歴史博物館 (文春文庫) (2006/07) アレックス バーザ |
この本は古今東西(といってもほぼ欧米中心)のウソ話を紹介した本で、マンデヴィル卿の「東方旅行記」から9.11の瞬間のウソ写真までが収められています。
この本が科学技術コミュニケーション的に面白いのは、タイトルの「博物館」がほのめかしているように、科学的、学術的な装いが、情報の信頼性や「それらしさ」を作り出している事例をみることができる点にあります。
著者のAlex Boese氏は科学史の修士課程中に、この本の元となるサイト(The Hoax Museum Blog)を作成したという点も、ウソをウソ足らしめる要素と科学を伝える方法のつながりの近さを示しているように思います。
これは私もかなり昔から興味を持っていたテーマで、他に面白い本があるのですがそれはまたの機会に・・・
さて本題からずれましたが、この本の110ページに「クロンダイクの虫」という1ページほどの短い記事があります。
この記事ではまとめると以下のようなことが書いてあります。(イタリック体は直接引用、それ以外は要約)
・1898年カナダ ドーソンの地元紙「クロンダイク・ナゲット」に、氷河に氷虫が大量発生したという記事をWhite氏が執筆・掲載
・氷虫は寒さを好み、独特な声で鳴く
・ドーソンは氷虫の話で持ちきりになり、氷虫を探しにいく人も多数
・アラスカのコードバでは今でも氷虫祭が毎年開催されている
・皮肉なことに、長年、氷虫はただのホラ話だとだれもが決めこんでいたのに、意外にも科学者たちはいまや、アラスカの氷河には、氷虫というべきものが実際に生息していることを証明する論文を発表している。
氷虫=コオリミミズが鳴く、という件は、日本におけるミミズが鳴く、という伝承と共通して非常に面白いのですが、それはさておき。
この文章だと、White氏のウソから出たマコトで、ホラ話だったのに最近コオリミミズがいることがわかった、というように読めるように思います。
しかし、コオリミミズ Mesenchytraeus solifugus は1898年に記載されています。
ドーソンで氷虫フィーバーが起こったのと同じ年ですし、そもそも新種であるかどうかの研究を重ねた末、新種として論文に記載されたのが1898年なので、すでにそれ以前に少なくとも専門家には知られていたはずです。
一般には知られていなかったから、とも考えられますが、同じく氷河にすむ Mesenchytraeus harrimani も1904年には記載されていますので、どう考えても「いまや」というのはおかしいのです。
「証明する論文」とは何なのだろうか、そもそも原文には何と書いてあるのか、とずっと思っていたのですが、今回原文を確認すると以下のように書いてありました。
【原文】
As the years passed and the ice worms retreated back into their home inside the glacier, the tiny creatures became something of a legend, often depicted on local postcards. For this reason, many suspected that the worms belonged more to the realm of fantasy than reality. But the existence of ice worms is definitely pure fact. If you doubt this, then just check out this press release from the Jason Project about current scientific research into ice worms. But it should be noted that the ice worms described by White are a rather distant cousin to the ice worms investigated by the Jason Project.
【訳】
数年が経過してコオリミミズが氷河の中に戻ったころには、この小さい生物は地域の絵はがきに使われるちょっとした伝説的存在になっていた。 (この部分日本語版にはなし)
このため、多くの人はコオリミミズは実在の生物ではないと思った。 しかし、コオリミミズの存在は確実な事実なのだ。もし疑うのなら、コオリミミズに関する最新の研究についてのJason Projectのプレスリリースを調べるとよい。ただし、Whiteによって紹介されたコオリミミズは、Jason Projectによって調査されたコオリミミズとはかなり遠い系統関係にある。
(この後にコードバでの氷虫祭についての文)
「いまや」に相当する部分もありませんし、抜けている文もあります。また、原文の「プレスリリース」が翻訳では「論文」になっています・・・
「プレスリリース」を見ようとしましたが、Jason Projectへのリンクは切れていました。
ちなみに、このprojectはナショナルジオグラフィックが行っている学生に対する科学教育プロジェクトのようです。なので翻訳にある「科学者たち」というのも適切ではないでしょう。
ということで、まとめると翻訳と原文には以下のような違いがあるように思います。
【翻訳】誤 要約「ウソからでたマコト」
・White氏ホラを吹く
↓
・ドーソンの人々だまされる
↓
科学者が調べたら本当にいたことが最近わかった!
【原文】正 要約「ウソと思っているかもしれないけど本当。事実は小説より奇なり」
・White氏が、記載論文など実際の研究に基づきコオリミミズを紹介
↓
・ドーソンの人々はフィーバーするものの、逆に本当に存在すると思わなくなる
↓
・読者の皆さんも本当じゃないと思ってるかもしれないけど本当ですよ(筆者)
このおかしな点は、日本語訳が適切でなかったか、あるいは日本語訳が出た後に元サイトの記述が変更されたために生じてしまったのかもしれません。
そもそももとの文章がすこし曖昧な点があったのも原因でしょう。
いずれにせよ、こうやって話がどんどんずれていくこともあるのでしょう。
この本のテーマそのものですが、簡単に信じちゃいけませんね。
まあそんなこんなことは細かいことで、コードバの Iceworm Festival(たぶんゆる祭)にいつか行ってみたいと思ったのでした。