1990年代前半、英国におけるBSEショックは科学に対する「信頼性の危機」を招き、その後の科学技術に対する考えや政策に大きな影響を与えました。
2001年9月に日本でもBSE牛が発見され、全頭検査を実施。さらに米国でもBSE牛が発見されると輸入が停止されるなど、大きな社会問題となりました。
(この時日本では英国のような「信頼性の危機」→脱PUSという流れにはならなかったこと、3.11で初めてそうなりつつある(かもしれない)となどは非常に興味深いのですがそれはまたの機会に)
しかしそれから10年、ちょうど今、厚生労働省によって米国産牛肉の輸入制限を20月齢以下から30月齢以下に緩和することが検討され、また国内でも検査の条件の緩和が検討されています。
国、自治体、生産者、消費者はどう判断すべきか?
自主検査は都道府県レベルで行われており、その考えや関心は自治体レベルで異なる点もあります。
そして北海道において、畜産・酪農は重要な産業です。
このような背景の下、北海道大学CoSTEPが主催する討論イベント「みんなで話そう、食の安全・安心~BSE全頭検査をどうするか~」が開催され、私も見学者として参加してきました。
このイベントは単に人をあつめて議論する、というものではなく、「討論型世論調査 (DP: Deliberative Poling)」と呼ばれる手法によるものです(参照⇒以前の「エントリデリバラティブポーリングR」)
具体的には今回のDPは以下の流れで実施されています
■9月8日: 事前アンケートの発送と参加者の募集
札幌市在住20歳以上の3000名を無作為抽出し、調査票を送付
↓
■10月中旬: 情報資料の提供
11月5日のイベント参加希望者にBSEに関してまとめた冊子を送付
↓
■11月5日(土): イベント当日
151名が参加(希望者の中から、年齢性別等構成を札幌市と同程度にして参加を再依頼)
(1)討論前アンケート
会場で9月の調査と同じ質問項目を含むアンケートを実施
(2)討論
2-1. BSE問題のこれまでについて、約15名のグループで専門家に聞く質問を作成する討論を行い、全体会議で専門家にぶつける
2-2. これからのBSE対策について同様にグループ討議を行い、全体会議で専門家にぶつける
(3)討論後アンケート
討論イベント本番は5日ですが、その前のモデレーター研修にS山先生、M上先生の御厚意でお邪魔させていただきました。
13時から旧教養の大講堂にて。メインストリートの木々の葉はだいぶ落ちていました。
DPのグループ討議は10グループに分かれて行われます。
それぞれのグループにはモデレーターと呼ばれる司会とサブモデレーター(書記)が配置されます。
モデレーターは議論を誘導することなく、進行していかなければなりません。
DPにおいては全体プログラムの構成、質問紙の質問項目と構成、モデレーターの「べからず集」など、かなり明確につくられています。
今回モデレーターを勤めるのはCoSTEP関係者やファシリテーション協会の方などなので、これまでもサイエンスカフェのファシリテーターや様々なイベントの進行などに経験がある方々ばかりです。
しかし、DPにおけるモデレーターはそれとは異なる、というわけで研修が行われました。
まず大講堂にてAlice Siu氏(スタンフォード大DPセンター 副センター長)による講義。
・「沈黙を恐れるな」 2分くらい沈黙があっても気にすることはない。無理にモデレーターが口火を切る必要はない。モデレーターが議論の方向を決めてしまうことになりかねない
・グループでメインの話し合いが進行している時に、脇で別の話し合いが起きた場合、長いようであればそちらは止める
・オブザーバー(見学者)が討議に影響を与えるのは好ましくない。オブザーバーが発言することはもちろん、あからさまに笑ったり首を振ったりして、それが討議に影響をあたえるようであれば、部屋から出るように指示する
・(米国においてはあまりないが)専門家への質問がまとまらない場合は発言記録紙から発言を引用して質問を作成していく
などが印象的でした。モデレーターは徹底して抑制的であることが求められています。
が、ある意味本来ファシリテーターの本質とはそういうものであるから、その点では同じとも言えます。
次に教室に移動して、模擬グループ討議を行いました。
私は見学だけのはずだったのですが、Alice氏に促されてグループ討論に参加することに!
はじめに以下のようなルールを提示
・自分と異なる意見にもよく耳を傾け、お互いに敬意をもって話し合いましょう
・思ったこと、感じたことを率直にお話し下さい。正解・不正解はありません
・全体会での質問を決めるとき以外は、多数決をとったり、グループ全体で合意を得ようとしないでください
・モデレーターは皆さんの話し合いが円滑に進むように進行をお手伝いしますが、自分の意見を述べたり、解説をしたりはしません。
興味深いのは4つめの最後「解説はしない」という点です。
BSEについて参加者がわからないことがあって聞かれても、それについて解説もしてはいけないのです。
基礎情報は事前に配布してある冊子に書いてあるのでそれに従います。
グループごとに知識差による議論の差ができてしまったり、議論が知識の確認モードに入らないようにするための配慮でしょうか。
で、議論が始まったのですが、案の定誰もしゃべらず・・・・
耐え切れず私が最初に喋ってしまいました。
このように自然発生的に話し合いが進むことがベストだそうですが、それがなければ配布冊子の第一章から進めていきます。
また、モデレーターの「どう思いますか」という問いに対して、参加者が「賛成です」など一言で答えた場合は「どうしてですか(Why)」と掘り下げていくことが求められるそうです。
この自己の意見の掘り下げ力は重要な素養だと思いますが、あまり日本人一般の会話で「なぜ」を追及するのは好まれませんね。
討議の目的は質問を作成することです。
質問を作成していく中で、モデレーターは質問案を黒板に書きだしていき、最終的には挙手で質問を一つにしぼります(今回最終的には順位をつけて2つまであってもよいということになりました)。
全体会で専門家にむけてこの質問を発するのは、最初にその案を発言した人、というルールがあるそうです。
曰く、栄誉な事 (honor) だと。これもアメリカ的だな、と思いました。
日本では誰の発言かどうかをなるべく隠したがる傾向があるように思えます。よく言えば他の人、あるいは全体に譲る。
伝統的な日本の話し合いは、誰がどのような意見を言ったかわからなくなるまで延々と話し合って、なんとなく全体の意見としてまとめていきます。
こういった方法を日本であうように多少アレンジしていくことも今回のDPプロジェクトの意義なのかもしれません(?)。
模擬グループ討議の後も、記録用紙は何枚用意しておくか、どのように記録するか、といった詳細について話し合いました。
グループ討議のルールについては、本家アメリカでは言葉で言うだけですが、今回は黒板に書いておくことになりました。
モデレーターの方々の中には久しぶりにお目にかかる方も多く、その点でも楽しい事前研修でした。
さて、本番は明後日です。