倫理とコミュニケーションをつなげる

日本工学教育協会第12回ワークショップ「ギルベインゴールドケース解決篇」をボスと開きました。

会場は新宿の工学院大学の28階。
こんなところにいるときに地震があったらいやだな、と思いつつエレベーターで昇って階についたらすぐ地震。
くわばらくわばら。

今回のワークショップは日工協年次大会から続いている、技術者倫理部会との連携による企画で(こちらのエントリ参照)、コミュニケーションワークショップと技術者倫理ワークショップが土日連続で開かれました。

初日の私達のコミュニケーションワークショップでは、技術者倫理の映像教材として有名な「ギルベインゴールドケース」を元に、どのような解決につながるコミュニケーションを行えばよいのかを、シナリオを作成し実演することで学ぶ、という授業を提案しました。

流れは概ね以下の通り(約2時間半、1グループ5-6人で作業)
・ギルベインゴールドケースを見る
・登場人物の関心と懸念を把握し、ワークシートに記入
・上記をグループ内で共有(以下グループ作業)
・「鍵となるシーン」の選択
 上記の関心・懸念が噴出しているシーン、あるいはそれを共有・改善できる可能性のあるシーン
・シナリオ作成
 上記で選んだシーン(and/or追加シーン)のシナリオを作成
 *主体は主役であるデイビッドand/orデイビッドと基本的には同じ立場のトム
 *各人物の関心と懸念自体は変化させないこと
・グループメンバーで上演
 シナリオで描いたコミュニケーションの目的とその後の結末も上演後に解説

材料
・ギルベインゴールドケースDVD
・同シナリオ、解説資料
・関心・懸念シート、シナリオシート

参加者の方々は大学や高専の先生方で、1/3くらいがギルベインゴールドケースを使った授業を実際実施しており、内容にも詳しい方々でした。
そんなベテランの先生方が登場人物を熱演し、なかなか盛り上がりました。

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↑ギルベインゴールドケース登場人物の一人、環境事業部部長フィル・ポート。主役デイビッドのダメ上司。

全体としては良い感触でしたが、やはり課題もあります。
・ギルベインゴールドケース自体の内容が複雑で、一回見ただけではなかなか理解できないため、シナリオの作成までするのはハードルが高い
・リスク評価やリスク管理、最終的な目標(市に補助金を出させる等)に議論が集中して、それ以前の、そもそも情報や立場の共有ができていないことをどうするか、という議論になりにくい
・解決の方向にもっていくため、他のキャラクターの立場がデイビッドとトムに近づきすぎる傾向がある

要するに第一の問題は時間が足りないということです。
今回は一日で再現するために無理やり詰め込みましたが、実際にやるときは半期くらいかけてもよいかもしれません。
金工大の札野先生からは、「アゴラ」というe-learningシステムを利用して、授業外に各人物の把握をしておくという取組をしているとコメントを頂きました(参考:科学技術倫理教育へのe-ラーニングシステム「Agora」の導入)。

次の問題は、上述の問題が一つの原因でもありますが、事例分析に議論が集中し、コミュニケーションの問題点の議論に落ちづらい点です。
倫理的な問題を分析する方法としては、Seven-steps guide(Davis 1999)が知られています。
1.State problem
2.Check facts
3.Identify relevant factors
4.Develop list of options
5.Test options
6.Make a choice based on steps 1-5
7.Review steps 1-6
(詳細はこちらA Seven Step Process for Making Ethical Decisions

この分析方法は技術者倫理教育ではよく用いられている方法ですが、具体的にどのような人と、どのように実現するのかといった、コミュニケーションの局面を十分に伴っていないのが課題なのではないでしょうか。
この点が、技術者倫理教育とコミュニケーション教育をつなげる一つのフックではないかと思われます。
シナリオワークショップを行う場合、上記のセブンステップガイドを実施したうえで行うのがより良いかもしれません。

最後の問題は、シナリオ作成の枠組みを変えればある程度対応できると思われます。
解決シナリオの主体をデイビッドとトムに限定せず、むしろグループの中で一人ずつキャラクターを担当し、それぞれの関心と懸念をもったまま、それをぶつけ合いつつ落としどころを見つけるシナリオを作成するという方法です。
4面会議のようにキャラクターを交換しても面白いでしょう。

シナリオを作成し、それを演じることの重要性は、まず一つ目には必然的に人(登場人物)と状況(ト書き)を含めたプロセスを記述しなければならないと言う点です。
二つ目は、自分ではない他者を演じることによってコミュニケーションのメタ性を認識することができることです。

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これらは技術者倫理を実質化するうえで重要な一部でしょう。
逆にコミュニケーションにおいてもその背骨となる技術者倫理を理解するのは重要ですので、両者はつねに一体として考え、プログラムを作る必要があると思われます。